2018年9月9日日曜日

2018年9月9日(日) 説教「語る者と聴く者の信頼あふれる交わり」 稲山聖修牧師

2018年9月9日
説教「語る者と聴く者の信頼あふれる交わり」
マルコによる福音書14章3節~9節
稲山聖修牧師


 「イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家にいて、食事の席についておられたとき、一人の女性が、純粋で非常に高価なナルドの香油の入った石膏の壺を持って来て、それを壊し、香油をイエスの頭に注ぎかけた」。この箇所からすると、この女性はさぞや裕福な階層に属しているように思い込みがちだ。けれども福音書の書き手はこの女性の出身には関心を抱かない。女性が富裕層に属するのか、それとも果たして女性の奴隷であり、たまたま主人の言いつけで買い求めた品を主イエスに献げたのかは分からない。しかしこの女性に何らかのわけがあり、主イエスのもとを訪ねていたのは疑いがない。なぜならば舞台は「重い皮膚病の人シモン」の家だからだ。
 かつての聖書では「重い皮膚病」は「らい病」として訳されていた。議論はあろうが、あらゆる交わりから絶たれてなお、福音書のイエス・キリストの癒しの物語に、実際に「らい病」であるハンセン病に罹患した方々が深く感銘を受けて光を見出した事実は色褪せない。家族からも「初めから存在しなかった人」として交わりを絶たれていたシモン。この場でなぜ女性がイエス・キリストを訪ねたのだろう。イエス・キリストとの交わりはシモンとの交わりを包む。単なる気まぐれや興味本位だけでは、この交わりに加わるにはあまりにも生活に抱え込むリスクが大きい。世にある交わりを捨てる覚悟でこの女性は主イエスを訪ねた。尋常でない決意と勇気がその態度にはある。
  しかし、である。その場にいた人々は、女性のわざを讃えるどころか、こぞって憤慨し、非難し始める。「なぜ、こんなに香油を無駄遣いしたのか。この香油は300デナリオン以上に売って、貧しい人々に施すことができたのに」。日当にあたる1デナリオンを8,000円換算すると香油の見積もりは240万円にはなる。興味深いのは、シモンの家に集っていた者の中には、当時の香油相場でのナルドの香油の価格を知っている者がいたことだ。そう考えれば、咎め立ては香油そのものの値打ちを評価しているように思えるが、実際は大問題を抱えている。
 それは、香油の値打ちを値踏みしてはいても、イエス・キリストとそれまで排除の苦しみにあったシモンとの出会いと交わり、そしてキリスト御自身の苦難の歩みを心に刻むわざには無関心な態度だ。香油を注いだ女性の想定外のわざは、救い主が十字架にかけられるという、これもまた当時としてはメシアの想定外の歩みと深くつながるしるしになっている。「貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときによいことをしてやれる」。この役目は香油を注いだ女性にではなく、そのわざに憤慨するその場に居合わせた人々に向けられる。もちろん、弟子達もそこにいる。女性の振る舞いを激しく咎め立てをする以上、貧しい人への支援は「あなたがた」に託された当然の役目となる。これはイエス・キリストの事実上の命令だ。

 初代教会の人々でさえ、教会が立ちもし倒れもする軸が何なのか、そしてどこに根を降ろすべきなのかを、香油の金額に象徴される事柄に囚われて見失うこともあった。『ローマの信徒への手紙』10章17節でパウロは「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まります」と語る。まことの信頼は、御言葉にしっかりと根を下ろした交わりから始まる。その礎は教会にあっては端的に「礼拝」となる。生きるほろ苦さはイエス・キリストを道とする神との出会いへとつながる。繰り返しその源を確かめながらいのちの喜びを一層深く噛みしめるわざ。たとえこの世の嵐、暮しの嵐の只中にあったとしても、なおもわたしたちは、あのシモンの家にあふれた、キリストの香り、ナルドの香油の香りを身にまとって、暮しの場へと遣わされるのである。

説教要旨中に掲載した植物の写真は、
教会がある「こひつじ保育園」で撮影したものです。

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