2018年5月13日日曜日

2018年5月13日(日)父母の日礼拝「あたたかい生命と温かいいのち」止揚学園 園長 福井生先生

2018年5月13日
父母の日礼拝
メッセージ「あたたかい生命と温かいいのち」
聖書:『コロサイの信徒への手紙』4章2節
止揚学園 園長 福井生先生
報告:稲山聖修牧師


カレンダーでは「母の日」として日本社会にも定着した、母親に感謝を表わすこの日。泉北ニュータウン教会では、滋賀県東近江市にある「止揚学園」より福井生(ふくい・いくる)園長、うたの保母さんとして西竹めぐみ先生、東舘容子先生をお招きし、こひつじ保育園と泉北ニュータウン教会合同礼拝として「父母の日礼拝」を行いました。定常の礼拝では説教壇に立つ稲山はこの礼拝では司会として奉仕、メッセージを福井先生が担当されました。礼拝堂には、礼拝後に保育園PTA総会が行われることもあり、うたの西竹先生・ピアノ伴奏の東舘先生による清らかな声につつまれながら、かけがえのない特性をもつお子さんと日々向きあう保護者の方々が多くお越しになり、喰い入るような眼差しとともに福井先生のお話に耳を傾ける気迫に圧倒されました。
福井生先生は、止揚学園の創立者である福井達雨(ふくい・たつう)先生から2015年に園長職を引き継がれるまでの間、重度の知的障がいを特性として持ちながら、毎日を懸命に、そして笑顔とともに生きてこられた止揚学園の「なかま」のみなさんとの出会いとふれあいから授けられた影響と、新たに園長職を授かることで見えてきたこれからの展望だけでなく、今の時代の中で福祉の世界が置かれている厳しさと、その厳しさを超えて備えられる喜びについて、時に説教壇を叩きながらエネルギッシュにお話をされていました。その中心となったのが、福井先生がお伝えくださった聖書の言葉「目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい」との言葉です。

準備した椅子をさらに増設しなければならないほど会衆が集った礼拝堂にこだましたのは、時に社会から排除される悲しみを味わい続けた「なかま」のみなさんと深く結ばれた「当事者」たろうとする福井園長の渾身の叫びでした。泉北ニュータウン教会とこひつじ保育園も、「教会と保育園は車の両輪」としての関係を重んじながら、今年度新たに「放課後等デイサービスこひつじ」がその働きを始めたことにより、三位一体的な関係を重視しながらキリストを軸とした動きに導かれましたが、その関係はまだ始まったばかりです。1954年に着想されたという止揚学園でさえも「なかま」のみなさんとの関わりでは一日いちにちが新しい発見に満ちており、出会いとともにある発見は、いつも自分たちを砕いていくとのメッセージは強く印象に残りました。

障がいを特性としてもつ「なかま」のみなさんは、数値化される成果を求める社会では確かに深い生きづらさを強いられてはいるが、逆にその生きかたが、わたしたちにいのちをめぐる重い問いを投げかけてはいないだろうか、とりわけ何でもかんでも枠にはめ込む式の関わりが通じないことが、いのちの温かさを静かに伝えてはいないだろうか、とのお話を繰り返されるその度毎に、礼拝堂に集められた教会員や保育園職員だけでなく、他ならない保護者の方々が深く頷かれる姿に、心打たれる思いがいたしました。

礼拝後に行われた止揚学園の先生方を囲んでの懇親会では、PTA総会の後に、なおも続けて出席してくださった保護者の方々から真剣な問いかけや感想が率直に語られ、家庭での女性のありかたが「専業主婦」から「ダブルインカム」の時代に突入し、そのライフスタイルが当り前になった時代への問いかけだけでなく、保護者の方々が日頃いだいている思いを分かちあうことができました。今の厳しい時代にあって「子育て世代」にあたる保護者の方々の悩みは決して軽くはありません。齢を重ねた方々の若かりし時代とは全く異なるだけでなく、人間関係が寸断されているだけに時として実に冷酷かつ残忍な一面を見せる世にもなり果てました。その日常に止揚学園の先生方の語りかける言葉一つひとつは、文字通り光の道を備えたのではないかと感じ入りました。世の闇が深まるほどに、キリストにしたがう人々の交わりが輝く波紋を広げていく様子を目の当たりにした一日。この日に降った大雨すらもいのちを潤す水だと得心できたこの日。この一日の礼拝に心より感謝申しあげます。