2019年5月19日日曜日

2019年 5月19日(日) 説教

ヨハネによる福音書15章14〜17節
「たがいに愛し合いなさい」
稲山聖修牧師


聖書は人が書いた書物だ。そうでなければ聖書に聴き、味わうこともできない。但しその解き明かしをめぐっては、聖書全体に響く神の言葉に耳を傾けて、イエス・キリストの足跡に則して味わうことなしには、その理解に歪みが生じるだけでなく、危険な剽窃も生まれかねない。
 典型的な箇所といえば今朝の箇所の直前にあたる13節。「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」。合衆国大統領が開戦のテレビ演説をすれば、そのまとめにはこの聖句が用いられて将兵や国民の士気を大いに鼓舞する。しかし『ヨハネによる福音書』本文は、あくまで15章にあるところの「わたし(イエス)はまことのぶどうの木」という、キリストとの繋がりの中でのありかたを訴えているのであり、それ以外の剽窃はあってはならない。その点でこの箇所は実に厳格な排他性を帯びている。

 もちろんキリストから「友」と呼ばれるからには、キリストに従う態度が要請される。例えば15章18節。「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい。あなたがたが世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だが、あなたがたは世に属してはいない。わたしがあなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである」。「わたしがあなたがたを選び出した」。これは一体どういうことか。
 思うにイエス・キリストに根を降ろすありかたを選ぶとするならば、ときとしてわたしたちは単に労苦を重ねるというだけではなくて、いわゆる「世間」では、時にアウトサイダーの道を選ばずにはおれないことを示しているのかもしれない。21世紀を迎えて以来、世の倣いとなってきたのは「自己責任」というありかた。ダーイッシュの人質となり2015年に殺害された、日本キリスト教団田園調布教会会員の後藤健二さんの名前を、わたしたちは覚えているだろうか。自己責任という言葉は、今や教育・医療・福祉・社会保障の分野でことごとく適用され、結局は公共機関の無責任さを支えている。これがわたしたちの暮らす世間一般のありかただ。けれどもわたしたちはそんなありかたの中では実に居心地の悪さを感じる。なぜならば、わたしたちはイエス・キリストに根を降ろすことによって、社会の既定路線では進まない人生そのものに「別の可能性」を看て取っているからだ。どれほど叩かれても、変わらない問題意識を抱いていれば、それはやがて実社会で責任を伴う奉仕をも含む職務として結晶する。また、人知れない苦しみを抱えていたとしても、同じような生きづらさを抱えているいのちに共鳴する力が備えられる。そこには人心を蝕む「自己責任」ではなくて、神が備えた「連帯責任」があり、神自らが担ってくださる「共同責任」というありかたが芽ばえる。

「たがいに愛し合いなさい。これがわたしの命令である」。砕けた物言いをすれば「たがいを赦し、受け入れなさい。そして大切にしなさい。これがわたしの命じるところである」。その根拠は、乾燥した土にぶどうが根を深く降ろし、蔓を伸ばし、実りひと房ひと房が、日射しの強い日も風の吹く日も決してちぎれていかないように、キリストに深く根を降ろすところにある。肩書き・業績・立場、あるいは年齢・性別・身体の特性といったものも一切問わない交わりこそ、キリストを頭とする本来の教会の姿。更に言えば、教会は組織体として完結してはいない。神の愛による支配をさきどる交わりであり、決して自己完結しない。だからもし宣教というわざを考えるのであれば、それは同時に、世が求める人のありかたに対して、イエス・キリストに由来する問いを繰り返し発する交わりでもある。「あなたがたは自己責任の名のもとに、人を決めつけたり、自分を虐めたりしてはいませんか」。自己責任という言葉では決してカバーしきれない、神の大きな御手の中に、わたしたちは霊肉ともに置かれている。他者を慈しみ、その居場所を確保するために、それぞれの賜物を用いて一身を投げ打つことができるかどうか。それは復活の光のなかにわが身を投げ込んでいくことでもある。これこそが世のありかたとは異なる、わたしたちの人生行路の指針だ。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ竜田川」。水の中でペトロを受けとめたキリストに身を委ね、各々の暮しの中で、神の愛のチャレンジャーとして歩むべく、新しい一週間を始めたい。

2019年5月12日日曜日

2019年5月12日(日) メッセージ


マタイによる福音書28章20節

「だいじょうぶ、神さまがいっしょだから」
メッセージ:大野寿子さん
(日本基督教団浦安教会員、メイク・ア・ウィッシュ・オブ・ジャパン理事)

※今回は父母の日礼拝の報告と感想になります。


 「メイク・ア・ウイッシュ」とは、もともとは1980年にアリゾナ州に住む、白血病と闘う7歳の少年が抱いていた「おまわりさんになりたい」という夢を叶えるために、州の警察官が本物そっくりの制服を準備し、名誉警察官に任命したところから始まったという。少年は警察官としてパトロールを行ない、その五日後に逝去した。少年の笑顔は「夢をもちながら病気と闘っているこどもは、他にもたくさんいるにちがいない」という想いを人々に残した。その想いを引き継いだ人々の手で「メイク・ア・ウィッシュ」は誕生したのであった。

大野寿子さんがその運営に関わっているのが「メイク・ア・ウィッシュ・オブ・ジャパン」。日本で「メイク・ア・ウイッシュ」の活動を展開しており、2018年は235名のこどもたちと関わった。1994年にこの団体の活動に出会い、職員としても働いてこられた人物である。大野さんのメッセージには次のような言葉があった。「難病を抱えているこどもたち、というと可哀想なこどもという、大人が勝手にこしらえた上から目線のイメージを抱かれがちなのですが、実際のところは、どんなこどもたちでも必死に生きようとしているのであって、そこにおかしな先入観を大人がもつのは間違っています」。司会を担当しながら、稲山は「時代は変わったのだな」という不思議な感慨を抱いた。高校生だった頃、稲山は武蔵野日本赤十字病院で実母が乳癌の手術と治療、そしてその後にボランティア活動に従事していたこともあり、何度か小児病棟で入院患者のこどもたちと遊ぶという関わりをもったことがある。ある日出かけると、随分となついてくれた男の子がどこを探しても見つからない。「どうしたのかな」と尋ねたところ「お家に帰ったの」というお話だった。男の子は急激に病状が悪化して逝去されたのだと、後日知ることとなった。今から30年以上も前のことである。

それはメディアでの扱いも似たところがあった。テレビドラマでも小児病棟が舞台となっていた番組があったように思う。看護師を務める桃井かおり演じる女性が多くのこどもたちの生き死に、また家族の葛藤や悲しみや医療組織の無理解と向き合う内容で、入院前の母が観ては涙していたのを思い出す。いわゆる「難病もの」の作風ではあるのだが、そのようにして刷り込まれたイメージから、わたしたちはなかなか自由にはなれない。
礼拝後の親睦会で、そのような高度成長期の病児へのイメージが定着してしまった理由と「可哀想なこども」という先入観の由来、そして「メイク・ア・ウイッシュ・オブ・ジャパン」で語られたり、映像資料に登場したりするこどもたちの笑顔とのギャップについて、大野さんはこうお答えになったと記憶する。「高度経済成長期には、世の中がどんどん好景気になっていくその陰で、おとながどんなに努力しても手の施しようがないこどもたちがいたのは確かだったが、日陰に置かれたままだったのは確か。それは決して充分はなかった福祉事業に対する後ろめたさにも言えるだろう。また、小児病棟にかつてあったような『可哀想なこども』という先入観には、告知の問題も深く絡んでいたように思う。現在では、こどもたちへの病気の告知は積極的に行なわれているはずだ」。やはり30年間で社会の常識が大きく変わったことを感じずにはおれなかった。

もちろん「メイク・ア・ウィッシュ・オブ・ジャパン」の働きが、今もなお必要とされている背景には、既成社会のもつさまざまな予断や先入観から、難病のこどもたちだけでなく、むしろその保護者の方々が解放されてはいないという現実があるに違いない。いわゆる「逆縁」の苦しみが、どれほど遺族に腸を断つような痛みをもたらすのかは想像もつかない。そして現に、公害や原子力災害などの後遺症に苦しむこどもたちも後を絶たない。けれども、そのような種々の壁を、単に崩そうとするだけでなく、どんなときにもこどもたちの笑顔を育むために関わりを大切にする大野さんは、父母の日礼拝に集ったわたしたちををいつのまにか笑顔の当事者にしてしまった。生涯を笑顔で全うするその支えに従事される大野寿子さん。「だいじょうぶ」との声には突き抜けた明るさがあった。大野寿子様、またスタッフのみなさま、お越しくださったことに心から感謝申しあげます。

2019年5月5日日曜日

2019年5月5日(日) 説教

ルカによる福音書24章36〜43節
「復活の光につつまれるワンピース」
稲山聖修牧師

復活を想うとき、わたしたちは否応なしに死に向き合わずにはおれない。日本ではこの世と死後の世界との間に川が流れているという表現からも、生死の境にははっきりと一線が画されていることが分かる。他方で聖書の場合には、神が直接見える仕方でこの世に介入するとの理解がある。そのときには逝去された方々は全てよみがえり、ともに神を讃える日が来るという確信がある。さらに聖書独自の使信とは、教えの正邪をめぐる論争に先んじて、わたしたちが、復活の喜びについて、神の愛の力である聖霊の働きのもとで証しを立てる多様な道筋を決して否定しないというところだ。折伏(しゃくふく)のようなやりとりは聖書にはない。むしろキリストの愛の証しを暮しの中で立てる中で、当事者すら気づかないとままに教会の交わりとイエス・キリストとの出会いへと導かれていくという出来事が起きると、福音書の書き手となった人々も、そしてわたしたちも確信している。
復活の出来事の翌日、イエス・キリストがエルサレムにいた弟子の間に姿を現わす。「こういうことを話していると、イエス御自身が彼らの真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた」。先週の箇所では32節の「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」との弟子の言葉があった。「燃える」という言葉には「炎」がイメージされる。このイメージには聖霊降臨の出来事が先取りされている。聖霊降臨の出来事の物語とは、イエス・キリストに派遣された者として弟子が初代教会の使徒として、そのわざに励む始まりを示す。しかしながら、たとえ「あなたがたに平和があるように」と言われたところで、弟子はただちに復活の出来事を受け入れることはなかった。37節には「彼らは恐れおののき、亡霊を見ているのだと思った」とある。この箇所でいうところの「霊」とは、肉体とは切り離された霊魂だと受けとめても差し支えはない。肉体は腐敗し滅びるけれども霊魂は不滅だという考え方のほうが、復活という聖書のメッセージよりもわたしたちには耳障りがよい。しかし身体を肉体と霊魂とに分離する理解は、別段キリスト教の世界に限らず、諸宗教や種々の神話に見られる。とはいえ身体を肉体と霊魂とにセパレーツにして理解する場合、この考え方には少なからず危さが潜んでいる。例えば肉体はこの世の暮しと結びついている。身体性を否定的に捉える考え方にあって、そのセパレーツな理解はこの世を否定的に眺めるということにも繋がる。自分の身体性だけにではなく、社会へとその否定が向けば、肉体という牢獄から不滅の魂を解放するという理由でのテロリズムの温床にもなりかねない。オウム真理教が求心力を持ち得た理由には、実社会で覚える不条理から自由になりたいという願望が、バブルの爛熟期からその崩壊期にかけて顕著になったこととは切り離せない。福音書の記された時代でも「グノーシス」という集まりが教会にそのような考え方を持ち込んでいた。これを考えると弟子の仰天と恐怖により深く立ち入ることができよう。そのような弟子に、イエス・キリストは語りかける。「なぜ、うろたえているのか。どうして心に疑いを起こすのか。わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしだ。触ってよく見なさい。亡霊には肉も骨もないが、あなたがたに見えるとおり、わたしにはそれがある」。
いのちの理解をめぐって復活のキリストとの出会いは、弟子に混乱と疑いをもたらす。しかしその上で、キリストは、わたしに触れてみなさいと語りかける。霊魂不滅の思想に依拠するならば復活を受け入れるのは難しい。イエス・キリストは霊肉ともにワンピースで復活された。だからこそ、イエス・キリストはわたしたちの心の内にも、身体にあっても、暮しにあっても、社会にあっても、そして暮しにあっても、わたしたちに深く関わってくださる。そしてむしゃむしゃとおもむろに切り身の焼き魚を食べるその姿には、イエス・キリストの復活が決して絵空事ではなく、死に対するいのちの勝利であるという本質的な事柄を生々しく、しかも鮮やかに描こうとしている書き手の信仰がある。復活したキリストは身体の養いを必要とする。それはわたしたちの暮しや社会、世代に引き継がれていく歴史の新たな始まりでもある。いのちは決して霊魂と身体とに引き裂くことはできない。復活の出来事は、わたしたちの身体全体をいのちの力で癒し、世を活きる希望を備え、新しい交わりを築いていく原動力につながるのであり、それは神の愛の支配を待ち望むという救いの歴史と不可分でもあるのだ。

2019年4月28日日曜日

2019年4月28日(日) 説教

ルカによる福音書24章28〜35節
「熱く心が燃えるとき」
説教:稲山聖修牧師

ユダヤ教ではメシアが十字架刑で殺害されるということなどあってはならない。だからキリストの十字架での死は、深い絶望を弟子に抱かせた。美しく描かれる「夕暮れのエマオへの道」。それは「落日のエマオへの道」であり「斜陽の道」。二人の弟子には苦しい道程だった。14節には「この一切の出来事について話し合っていた」とある。
その内容は24章19節以降に記される。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするために引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした」。エマオへの道の途上での理解では、イエスはあくまでも「預言者」でしかない。そして祭司長や議員たちに対しては「わたしたちの」とあるとおり、二人の弟子は、すでに保身を考慮に入れているかのようだ。「わたしたちはあの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていた」という言葉からは、非ユダヤ人である「異邦人」は眼中にない。どこにもイエスが救い主であるとの理解はなく、復活信仰などどこへやらというありさまであり、それは証言に奔走する女性の群れとは正反対のありかたである。だから17節で、復活のキリストに「その話は何のことだ」と問われても二人は「暗い顔をして立ち止まる」ほかには何もできない。
「イエス・キリストは主である」。これは実にシンプルな信仰告白であるとともに、他人に理解を求めるのが実に困難な言葉でもある。しかしながら、イエス・キリストと同時代に生きた弟子でさえこのありさまであったのだ。むしろ復活のイエス・キリストは、時折、問いかけを挟みながら「暗い顔」をした弟子とともに歩んでいる。この関わりがあるからこそ次の言葉が突き刺さる。「ああ、物わかりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか」。そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された、とある。イエス・キリストは「暗い顔をした」「物わかりの悪い」弟子を決して諦めたり、見捨てはしなかった。たとえ弟子にその姿が分からなくてもイエス・キリストは二人を捉えて放さない。
28節から描かれるイエス・キリストも実に寬容に振る舞う。弟子の無理強いを拒まずに夕食をともにするのだ。「一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、讃美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった」。心に深く刻まれた、食卓を囲むイエス・キリストの姿が眼前で新たに繰り返されたとき、ようやく弟子の目は開けた。イエスだと分かるその瞬間、その姿は見えなくなる。暗い顔をしていたときには、イエスの姿は分からなかった。そしてパンを渡されその人だと気づいた途端、イエスの姿は見えなくなった。それでは何が変わったというのか。それは鬱々とするほかになすすべのなかった二人の弟子が「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と励まし合う、これぞまさに決定的な転換だ。
「イエス・キリストは主である」との告白にいたるまで、わたしたちは挫折と無縁ではあり得ない。生活が逼迫していればなおさらだ。今や少なからざる若者が暮しの困窮と多くの不条理に晒されている。イメージばかりの若さに憧れる、夢見る世代の人々の世界とは全く異なる場所に、ぽつねんと佇むほかない人があふれている。
わたしたちはその人たちの問いかけに沈黙するばかりかもしれない。けれども「やり取りしているその話は何ですか」と声をかけることはできる。その歩みをともにしようと祈ることができる。神には不可能なことはないから、ともに歩むことも不可能ではない。たどり着く先がキリストを中心にした交わりならば、それに勝る喜びはない。「イエス・キリストは主である」。これは押しつけられた言葉ではない。死を貫いていのちを喜ぶ声だ。

2019年4月21日日曜日

2019年4月21日(日) 説教

「キリストの復活に出会った女性たち」
ルカによる福音書24章1~11節
説教:稲山聖修牧師

殴打され、鞭打たれて槍で刺されたイエス・キリストの骸。見るに堪えない様であったことだろう。一人ひとりと弟子が去って行った一方、最後まで離れずにつき従っていったのは女性たちだ。さまざまな伝承に包まれているマグダラのマリア、領主ヘロデの召使い頭の伴侶であるヨハナ、イエス・キリストの兄弟であるとされるヤコブの名を用いて記される母マリア、そして一緒にいた婦人たち。復活の場面には男性は一人も描かれない一方で、女性たちが十字架における生涯の最期に留まらず、傷みの激しい亡骸を整えにまで墓にまで訪れるという筋立てだ。ユダヤ教の世界で亡骸への接触は穢れを意味する。つまりそのような当時の社会通念をものともせずに墓を訪れたのは女性たちであった。集う女性にはそれぞれが属する家族もある。ヨハナの場合、事が露見すれば家を追い出され、離縁されかねないというリスクを背負う。ヤコブの母マリアは、息子に先立たれるという逆縁の嘆きと悲しみを抱えている。

『ルカによる福音書』の場合、最も初期に記された『マルコによる福音書』とは異なって「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」という戸惑いはない。女性の動揺を書き手は問題にはしない。筆先は「見ると、石が墓のわきに転がしており、中に入っても、主イエスの遺体が見当たらなかった。そのため途方に暮れていた」に留まる。「そのため途方に暮れていた」。おそらくは空になった墓の中で、人々はおそらく崩れ落ち涙も涸れ果て、悲しむ力すら失い、ただ佇むほかなかったろう。その中である言葉が墓穴に響き渡る。「輝く衣を着た二人の人」と記される人。二人は天の使いであるとははっきりとは記されない。山の上でイエス・キリストの姿が変わったときに語らっていた、モーセとエリヤでもなさそうだ。けれども次の言葉が響く。「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話になったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか」。そこで、婦人たちはイエスの言葉を思い出した、そして、墓から帰って、十一人とほかの人皆に一部始終を知らせた、とある。つまり、イエス・キリストが不当に身柄を拘束されて裁判を受け、この世の権力者にたらい回しにされた挙げ句に殺害される以前、弟子たちに三度予告した事柄は、もはやすでに実現したのだと声は告げる。この言葉を前にして弟子たちはうろたえ、おののくばかりであった。そのような受けとめ方しかされなかった受難の予告が、今や入り口を封じていた石が転がされ、何もなくなってしまった墓の中で、喜びとともに知らされる。

 残念なことに「使徒たちは、この話がたわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった」。「弟子たち」ではなく「使徒たち」と記される。これは後に初代教会の責任を担っていた弟子ばかりではなく、教会そのものの中にも、イエス・キリストの復活を受容れようとはしなかった群れがあったことを暗示しているのかもしれない。しかしこの理解に留まるならば、救い主の業も行いも生きざまも、あるいは聖書の文書は全て人間の醜悪さを書き記した書物であるか、または道徳の教科書に留まるほかはないだろう。そのようなところからは、いのちが滅びに勝利するという喜びが湧くこともなく、キリストに従う道は整えられもしない。けれども最後までイエス・キリストのもとを離れず、堪え忍んだ女性たちは、弟子たちの遙か先を行き、イエス・キリストの復活を喜び、立ちあがり、一部始終を知らせた。教会のあゆみを記した『使徒言行録』では表だっては描かれないところの女性たち。この人々が教会のわざの要を担っていたかは、使徒パウロの『ローマの信徒への手紙』の最後、16章で多くの名前が列挙され、感謝されていたところに明らかである。今この日本で、女性は果たしてどのような立場に置かれているのだろうか。だからこそ、主の復活の出来事を心から喜び、新たな歩みの力としたい。嘆きと悲しみと不条理に包まれたこの世界を、必ず神の愛が包み込むという壮大な出来事。この出来事をキリストの復活の出来事は指し示す。世にある教会は、不正な権力がもたらす暴力や死に対して、無垢ないのちが勝利する喜びを宣べ伝える。ハレルヤ!主は復活された。新たないのちの光がわたしたちの道を照らすのである。



2019年4月14日日曜日

2019年4月14日(日)説教

「キリストに会いたがったヘロデ」
ルカによる福音書23章6~23節
説教:稲山聖修牧師

棕櫚の主日礼拝は受難週の始まり。キリストの受難の道にあって明らかになったのは、イエス・キリストと「たまたまそこに居合わせた」どころか、キリスト自らの招きを通して弟子の列に連なった人々が、その道行きの中で一人、またひとりと姿を消していった事実だ。イエス・キリストとの関わり、そしてイエス・キリストが指し示す隣人との関わりの中での当事者たること。これは逃れようとするほど「あなたはどこにいるのか」と追いかけてくる問いとなる。
では弟子とは異なるところでイエス・キリストとたまたま出くわすこととなった人々は、どのような振る舞いに及んだのか。まずはローマ帝国の総督ポンテオ・ピラト。イエス・キリストの身柄を拘束した祭司長は、エルサレムの最高法院を用いて何としてでも有罪判決を出そうとする。しかしその追求が過酷さを極めるほど、この裁判の支離滅裂さが露わになる。キリストの裁判は夜に行われたが、この時間帯は本来裁判を行う時間ではない。詮議の内容も証言がまちまちで、誰もキリストを罪ある者として裁けなかった。このゆえにキリストの命を奪おうとする者は、次はローマ帝国の代表でもあるピラトのもとに、あたかもたらい回しをするかのようにキリストを送る。ピラトは祭司長、そして煽られた群衆に「わたしはこの男に何の罪も見出せない」と言うほかない。煽られた群衆は「この男は、ガリラヤから初めてこの都にいたるまで、ユダヤ全土で教えながら、民衆を扇動している」と根も葉もないことを言うほかには何も出来ない。そこでピラトはイエスがガリラヤ出身であることを確かめ、その地方を治めていた領主ヘロデに、これまた、たらい回しをするかのようにキリストを送る。
それではガリラヤの領主ヘロデの振る舞いとは。領主ヘロデは、クリスマス物語に登場するヘロデ大王の息子であると言われる。ピラトとは異なり、領主ヘロデはイエスを見ると「非常に喜んだ」とある。その理由は二つ。第一には「イエスのうわさを聞いて、ずっと以前から会いたいと思っていた」こと、第二には「何かしるしを見たいと望んでいた」ということ。この箇所に、領主ヘロデの「救い主への歪んだ関心」を窺い知ることができる。例えばヘロデの家で使用人の監督にあたっていた人物の伴侶ヨハナは、自分の財産を持ちだしてまでイエス・キリストと弟子たちに奉仕していたとの記事が『ルカによる福音書』にはある。またヘロデ自身もイエスとその弟子たちの働きについて聞き「ヨハネならわたしが首を刎ねた。一体、何者だろう、耳に入ってくるこんなうわさの主は」と言いながら、イエスに会ってみたいと思った、と記される。ヘロデは、自分の思いつきとは別の動機でイエス・キリストに会いたいと考えていたようだ。なぜならキリストの噂は、すでにヘロデの家中にも、また家族にも響き渡っていたと思われるからだ。語る者のいのちを奪ったところで、決して消すことのできない神の言葉の力を、ヘロデは感じ取っていたことではあろう。しかし領主ヘロデは、イエス・キリストに全てを献げて従うには、あまりにもこの世の力という鎖に支配され、身動きがとれなくなっていた。イエス・キリストはヘロデからの問いかけに一切応じない。むしろ響き渡るのは殺害を目論む祭司長や律法学者のイエスへの訴えだ。ヘロデにはこの世の権力に身を阿ねた人々の言葉が心地よく、反対に沈黙するイエス・キリストの眼差しに堪えられない。「ヘロデも自分の兵士たちと一緒にイエスをあざけり、侮辱したあげく、派手な衣を着せてピラトに送り返した」。ヘロデの目からすれば、イエス・キリストとの出会いは期待外れに終わった。むしろ口を開かず、なすがままの無力な者として立ち尽くす救い主がそこに立っていたのであり、洗礼者ヨハネのように諫めの言葉を激烈に語るという姿はなかった。しかしイエス・キリストをたらい回しにした人々は気づいていなかった。このたらい回しによって、福音書に描かれたところの、キリストの殺害を目論む者全てが、イエス・キリストの救いの出来事の逃れようのない当事者となったことに、である。キリストの十字架と復活の出来事を前にして、わたしたちはこの出来事の当事者とならずにはおれない。この当事者である事実からは逃れられないと胸に刻み、その喜びの中で、主の復活を待ち望みたいと願う。


2019年4月7日日曜日

2019年4月7日(日) 説教

「畏れなくてはならないもの」
ルカによる福音書20章13~15節
説教:稲山聖修牧師
 ぶどう園の創立者が長旅に出るにあたり農地を農夫たちに貸していた最中に起きた出来事。ぶどうが収穫を迎えたので、その収穫を納めさせるためにぶどう園の主人は自分の僕を農夫のもとに送ったのだが、こともあろうに農夫は主人からのメッセージを伝えに来た僕に耳を貸さず袋だたきにする。ぶどう園の実りを、農夫たちは独占して山分けにしたことが暗示される。主人は別の僕をぶどう園に派遣する。しかしこれまた袋だたきにされて追い出される。そして三度目。三人目の僕も傷を負わされて放り出される。明らかになったのは、農夫たちが「ならず者」と化して、ぶどう園を占拠・実効支配しているという目を覆わんばかりの世界だ。ただし、この農夫でさえ、ぶどう園の創立者から雇用され、長旅に出る際には農園を借り受けていた。これは相応の信頼を得ていたこととなる。ぶどう園の主人は愚かなまでに、僕がどのような酷い目に遭ったとしても農夫への信頼をやめない。それどころか「わたしの愛する息子を送ってみよう。この子なら多分敬ってくれるだろう」と、跡取りでもある一人息子をぶどう園へと送ろうとする。愚かさを通り越して、ぶどう園の主人には、わたしたちの世の尺度からすれば狂気すら感じる。
 実はわたしたちは、物語のつくりとしてはよく似た物語を知っている。それは旧約聖書の『創世記』2章に記される、エデンの園の中での神とアダム、すなわち神と最初の人間の物語だ。2章15節では「主なる神は人を連れてきて、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた」とある。エデンの園は人が土を耕す労働の場でもあった。しかし、当初人にはその働きは何ら苦痛を伴わなかった。そして主なる神が命じるには「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう」。実はこの話は謎に満ちている。
人、すなわちアダムは、どの樹が善悪の知識の木であるかどうかを知らない。食べると死んでしまうとあるが、命令を受けたときには、人はそもそも死とは何かが分かってはいない。食べてはいけない善悪の木が、エデンの園にはあるのだと、主なる神は宣言する。この宣言がなければ人は善悪の知識の木を食べずに済んだだろう。けれども神は、ここまで愚かな姿をさらしてまで、人に真実であろうとする。真実の愛とは愚かなものではないか。
「『どうしようか。わたしの愛する息子を送ってみよう。この子なら多分敬ってくれるだろう』。農夫たちは息子を見て、互いに論じ合った。『これは跡取りだ。殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のものになる』」。背筋が寒くなる謀議だ。一人息子はぶどう園の外にほうり出され、殺害された。「さて、ぶどう園の主人は農夫たちをどうするだろうか。戻ってきて、この農夫たちを殺し、ぶどう園をほかの人に与えるにちがいない」。キリストのこの話に、その場にいた民衆は「そんなことはあってはなりません」と答えた。
エルサレムの城壁の内側にも神の正義に応えようとする民衆の姿があった。「そういうことはよくあることですよ」と応えてしまうような人の姿を福音書の書き手は描こうとはしない。あくまでも「そんなことはあってはなりません」との声が響く。ぶどう園の外にほうり出されて命を奪われていく一人息子の姿を思い浮かべては悲しみ憤る無名の人々の姿が描かれる。「イエスは彼らを見つめて言われた」。人の子イエス・キリストはこのような人々と深い関わりの中に立ち『家を建てる者の棄てた石、これが隅の親石となった』という言葉の意味を問う。狂暴な農夫にほうり出された殺害されたぶどう園の一人息子の姿と、ローマ帝国の庇護のもと誇らしくエルサレムの神殿を建てた者の力から棄てられ、苦しみを受けて十字架に架けられるキリストの姿が重なる。しかし神の愛はそのような力には決して屈しない。死にうち勝つ復活の光の中で、隅の親石、日本家屋では大黒柱を立てる土台、それなくしては人も教会もさまざまな働きを担うわざも事業体も立ちゆかない土台になるのである。イエス・キリストは自らがその石だと宣言される。イエス・キリストをなきものにしようと企む人々は、誰を畏れるべきかを知る民衆に怯むほかなかった。耳を傾けるべき声を聞き分ける祈りを大切にしたい。