復活節第3主日礼拝
説教= 「逆 転」
吉村厚信 伝道師
聖書= ルカによる福音書24章13~35
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。
動画は1種類です。
https://www.youtube.com/@senboku.newtown.church
※原則、ライブ中継のみとなります。当日用の新しいURLは、こちらのホームページの説教のページに、その都度掲載してまいります。よろしくお願いいたします。
礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致します。
当日のライブ中継のリンクは、
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方法は、こちらのページをご覧ください。
今週とても悲しい出来事を私たちは報道で知りました。京南丹市の男児遺棄事件、犯人は亡くなった安藤結希さんの父親でした。何故その命まで奪うことしか選択肢がなかったのか、何故そのように考えて実行してしまったのか、理解に苦しみます。その理由、わたしの愚息(息子)がステップファミリーだからです。お話は控えますがそのうちの一人は足が不自由、今の私の車は福祉車両仕様になっています。「いのちの大切さ」を思うとき、何故将来のある子供に手をかけてしまったか、この犯人の動向を静かに見守りたいと思います。今回の御言葉の箇所、「マリアの賛歌」としてマリアが天使から「受胎告知」を告げられ、神を讃美する場面から始まっています。46節、47節、註解書によれば、この部分はサムエル記上の「ハンナの歌」に酷似しています。この箇所多くの牧師説教に登場してきた箇所ではないでしょう。「ルカ福音書」のこの箇所の賛歌はユダヤ人キリスト者によって採用されたとされています。そのユダヤ人キリスト者は清貧精神を持っていたとされています。(旧約聖書「サムエル記上」2:1-10の箇所は神から与えられた子宝に対して感謝の喜びを表しています。)48節の「神の恵み」を頂く、「自らを主のはしため」として、前段38節のマリアの天使への言葉、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。」マリアは若く貧しい女性でしたが神に選ばれて処女降臨という壮大な神の御計画、そして身分が低くても神は必ず恵みを頂けるのだ、ということを連想します。51-53節、この箇所は神による「人の運命逆転」を表すイエス様の説教にはたくさん出てきます。ひとはどんな境遇の人であろうと神との関わりが出来た時その人がどれほど小さくても神から力を与えられ強くされます。マリアは神からの憐れみを受け容れるその覚悟と全く神を信じるその「信仰」によって神からの力がおおきく働くとこの箇所は教えています。イエス様の誕生そのものが馬小屋で生まれる、劣悪な環境と言ってもよい最も低くされた場所、イエス様は様々な奇跡を起こし十字架に架かる、まさに「清貧イエス様の運命」をそのまま表しています。この箇所の中心は人間には神の力によって「逆転する」ことが起こる、そこに「恵みがある」と言うことです。「弱さ」は「強さ」との二律背反、です。ひとは、「力」や「財産」や「地位」を求めれば私利私欲に溺れて最後は何も見えなくなるのではないか、だから「神とともに生きることを求めて行かねばならない」ことを聖書は教えてくれていると思います。註解書では「旧約聖書サムエル記上」と同じく「サムエル記下」でも『「神によるひとの運命的な逆転』」を記しています。それは社会の中で低い場所に置かれた人びとは神の力によって大きくされ、世界の中心に置かれると聖書では言っています。そこに実はキリストがおられるのだ、といっています。
しかし、私たちには必ず注意が必要です。貧しい者からと富める者への逆転は神がなさること、人間の力でその逆転を期待し実現することは、あくまで人間の欲であり、危険な状況を作り出す場合があるということです。神の力によって逆転が起こりひっくり返るときがくる、すると相手に対して一種の「復讐」に似た思いが「罪」(原罪)としてでてきます。
本当の「逆転」は起こってしまっては遅いのです。「神が裁きを起こす」そのことに身を委ねるしかよく見極め真摯に対応するしかないのです。Co2削減に反対する新興国からの地球温暖化問題、ロシアのウクライナに対する「特別軍事作戦」、もう4年を優に越えました。パレスチナ「ガザ地区」へのイスラエルの攻撃、今まで「弱い」とされてきた立場の人間が立ち回ると必ず「いびつ」に逆転してはいないでしょうか。 逆転が更なる不幸な状態を作り出してはいないでしょうか。この「逆転」は神さましか出来ないということを本当に真摯に受け止めていくことがこれからに向けて最も必要なことではないかと思います。






