時間:10時30分~
鈴木 ゴリ 宣仁 牧師
聖書=ヨハネの黙示録1章8節
讃美=21-18 21-425
頌栄=21-27 可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。
礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致します。当日のライブ中継のリンクは、「こちら」←をクリック、又はタップしてください。「制限付きモードが有効になっているため再生できません」という旨の表示が出た場合は、YouTubeの制限付きモードを解除してください。
方法は、こちらのページをご覧ください。
【説教要旨】
■先頭を行く者の辛さ
1. 家族や仲間、チームや組織を率いて先頭を進むとき、私たちは責任の重さに圧し潰されそうになります。
2. 右の道を行くか、左の道に進むか、あるいは目の前の急斜面を藪を掻き分けながら突破するのか。判断が誤っていれば、自分を信頼して従ってきてくれている人々の命を危険に晒す可能性があるときなど、なおさら躊躇し立ち竦んでしまいます。
■殿(しんがり)の辛さ
1. 登山でパーティーを組んだとき、その最後尾(殿/しんがり)には最も経験と体力がある人が付くのだそうです。何があっても誰一人その場に置き去りにしない覚悟と実行力がある人が「殿」を務めるのです。
2. 突然の戦禍に巻き込まれ、住み慣れた街から逃げ出さなければならなかった方の言葉。「私たちの生命と財産を奪おうとする武装した者たちが、難民となった私たちの後を追ってきていた。幼い子ども、乳飲み子を抱いた母親、足が弱った高齢者、戸板に寝かされたままの病人、そのような家族のすべてが生き延びられるように、私は逃避行の群れの最後尾を守り皆の盾となったのです。」
■アルファ(先頭)とオメガ(殿/しんがり)はイエス
1. 今日の箇所には「イエスがアルファ(先頭)でありオメガ(殿/しんがり)」だと書かれています。私が先頭に立ち、分かれ道で逡巡し立ち竦むとき、実は私の目の前にはイエスの「頼もしい背中」が見えているのです。
2. 全員が生き延びて目的地に辿り着くには、メンバーの消耗が激しすぎる。そんな絶望的な道行きの最後尾にいるとき、振り返ってみるとそこには私を赦し支えるイエスの「包み込むような笑顔」があるのです。
3. 無責任や他責は困ったものですが、逆に責任感が強すぎる・自分を責めすぎることもイエスは望んでおられない。「私が先を行く。心配せずについておいで。私が殿を守る。あとのことは任せておけ。」と背中と笑顔で伝えてくださるイエスに「委ねる」道が残されていることに感謝したいのです。