2026年6月1日月曜日

2026年 6月7日(日)礼拝ライブ配信

時間:10時30分~

 

説教= 「原点」    
吉村厚信 伝道師

聖書=ルカによる福音書 第4章1~13節

讃美=21-343 21-346
頌栄=21-27

    
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。

礼拝当日、10時30分より

礼拝のライブ配信を致します。

当日のライブ中継のリンクは、
「こちら」←をクリック、
又はタップしてください。

「制限付きモードが有効になっているため再生できません」という旨の表示が出た場合は、YouTubeの制限付きモードを解除してください。
方法は、こちらのページをご覧ください。

【説教要旨】
現在のイラン・アメリカの戦闘状態の影響で、中東からの原油に大きな支障が出ています。「ナフサ」が足らなくなり、ガソリン供給にも不安があるなど、以前のコメ不足も彷彿させて何か豊かさが失われていくようです。自分勝手なイデオロギーや権力主張から紛争が起こっても何もよいことはありません。日本は株価が6月1日で6万円台を超え会社員現役の頃の7年前2019年の3倍近い株価で経済は非常に活発に見えますが、色々な商品値上げなど一生懸命働いていても良い方向に向かっているように思えません。

今わたしたちを照らす電機の照明も化石燃料から供給された電力や生活を支えるエネルギー、そこに前述のイラン・アメリカの戦争同様人間の欲望も見え隠れしています。本日の聖書箇所は、「サタン」の様々な誘惑に対して聖霊に満ちたイエス様が対峙する、その場面では私たちがよく耳にする聖書の言葉が登場します。「サタン」は一神教の下で神や人間に敵対する悪魔的な存在を指します。キリスト教神学で「サタン」は神に対して謀反を起こした堕天使で人間を誘惑し、特にカトリック教会では教会を滅ぼそうとするものとされてきました。

1-4節:イエス様は受洗のあと、聖霊に導かれて荒れ野の中で40日間悪魔からの誘惑を受けますが、申命記9:9にありますモーセの四十日間四十夜断食をしたことを彷彿させます。悪魔からの石をパンにする誘惑、註解書では「パン」を「マナ」に変えるような内容に対して、イエス様は有名な一節「人はパンだけで生きるものではない。」「神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」といいます。5-8節:悪魔がイエス様を高い山に連れていき、世界のすべての国々、当時のローマ帝国の世界の権力と繁栄をイエス様に与えようという誘惑をイエス様は「ルカによる福音書10:22」「すべてのことは父からわたしに任せられています。」異教徒たちへの宣教のメッセージとして「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」と信徒と教会への励ましをも表されています。9-12節:エルサレム、この地名が明確に示されたことでイエス様の受難の死から復活された最後の勝利が示されています。悪魔はそこでイエス様にメシア(=神)であることを示せと試みを要求しますが、イエス様は、「主を試すな」と一蹴します。

13節:悪魔の誘惑はイエス様の受難のときがくるまで、「イスカリオテと呼ばれるユダの中にサタンが入る」までイエス様を離れます。

この聖書箇所はイスラエルの民が神を信じなかったがゆえに神からの信頼を失い、荒れ野の旅を全てイエス様への悪魔の都合の良いようにイエス様を誘うその誘惑=試みに遭わせず、イエス様が悪より救い出す、その場面を表しています。

先週の井上牧師からの御言葉をお聞きして、ひとは「聖人」になることではなく、「キリストを信仰せよ」の意味が「きれいなものを見てきれいなことをせよ」、とのメッセージだったと思います。どんなに頑張ってもひとは神にはなれません。しかし、自身に神に近づくために何かのノルマを課される必要もありません。家族や周りの方々を大事にして与えられた仕事に真摯に向き合い生活する、その一点に於いてひとは十分に聖化されているのだと思います。バプテスマ(洗礼)はわたしたちが神の子となる大きな機会を神様から頂くことですが、「受洗した」としてもあとにいっぱい辛いこと、苦しいこと、悲しいことを神様は私たちにお与えになります。ご存じのパウロ書簡一節をお読みします。「コリントの信徒への手紙一 10: 13」「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共にそれに耐えられるよう、逃れる道をも備えてくださいます。」苦しいとき、悲しいときにひとは必ずと言っていいほど天を仰ぎます。神さまを仰ぎます。そしてまた前を向いて歩きだす。不完全で足らないけどそれでよいのです。教会共同体で共に神様の方向を向いて共に歩み努力する、ときに受洗者という果実=同じ方へ歩もうとする仲間を神様から頂く、それが本当の神様から「洗礼を施された」という意味ではないでしょうか。18世紀のドイツの自由主義神学者フリードリヒ・シュライエルマッハーは、自らの著書『宗教論』の中で、「宗教の本質は知識や行為ではなく、直観と感情」と記しました。「神さまがわたしたちの中に着床される」という感覚、シュライエルマッハーの神学思想は、人の外側の超越的な存在、その存在への畏怖の念ではなく「人間自身の中に存在する」のです。人間は生まれたときは無垢できれい、それが様々な紆余曲折を経て経験した辛いことや悲しいことからあくまで「ひと」として学習していっぱい鎧兜を身に着けてしまいます、財産、地位、そして保身、それが本日の「サタンの仕業」だとしたら、神さまが着床してくれたことで、サタンに誘惑されて悪の方向へ向かうことを自ら止めて、神さまと同じきれいで前向きな気持ちが自然と自らの中に芽生える、そんな感覚になるのではないでしょうか。

この感覚が神さまからわたしたちに頂いたまさに「原点」になる、と聖書は教えてくれています。

2026年5月24日日曜日

2026年 5月31日(日)礼拝ライブ配信

時間:10時30分~

 

説教=「キリストを見るために」    
井上隆晶牧師

聖書=創世記3章8~13節
ルカによる福音書19章1~10節

讃美=21-18, 21-432
頌栄=讃美歌21-29番  
  
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。

礼拝当日、10時30分より

礼拝のライブ配信を致します。

当日のライブ中継のリンクは、
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方法は、こちらのページをご覧ください。


2026年5月17日日曜日

2026年 5月24日(日) 礼拝ライブ配信

【ペンテコステ礼拝】

時間:10時30分~

 


説教題=「聖霊の業である教会」    
池田清樹牧師 

聖書=コロサイの信徒への手紙 1章24~29節

讃美=讃美歌21-204番 、412番
頌栄=讃美歌21-29番

可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。

礼拝当日、10時30分より

礼拝のライブ配信を致します。

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2026年5月10日日曜日

2026年5月17日 礼拝 ライブ配信

時間:10時30分~

 

説教= 「lose & lose」    
鈴木 ゴリ 宣仁牧師

聖書=旧約聖書 ヨシュア記2章1節
新約聖書 マタイによる福音書1章1~11節

讃美=讃美歌21-18番、425番
頌栄=讃美歌21-29番  
  
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。

動画は1種類です。

教会のYouTubeチャンネルは、こちらのURLです。
https://www.youtube.com/@senboku.newtown.church
※原則、ライブ中継のみとなります。当日用の新しいURLは、こちらのホームページの説教のページに、その都度掲載してまいります。よろしくお願いいたします。


礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致します。

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2026年5月3日日曜日

2026年 5月10日(日) 泉北ニュータウン教会・こひつじこども園  創立55周年記念礼拝 ライブ配信

2026年 5月10日(日)

開場 10:00 / 礼拝開始 10:30〜

場所:泉北ニュータウン教会礼拝堂 


おかげさまで、泉北ニュータウン教会および
こひつじこども園は創立55周年を迎えます。
この節目を記念して、素晴らしいゲストをお招きした特別なイベントを開催いたします。

当日は、福音歌手の森祐理さんをお迎えし、
音楽コンサートを開催します🎵 
  
森さんはNHK教育テレビ「ゆかいなコンサート」の歌のお姉さんとしても、ご活躍された方です。
ご家族やお友達とお誘い合わせの上、ぜひ癒やしの時間をお楽しみください。

どなたでもご参加いただけます。
記念すべきこの日を、皆様と共に過ごせれば幸いです。
皆様のご来場を心よりお待ち申し上げております。


礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致しました。
当日はコンサート形式となりますので、動画はライブ配信後に非公開とさせて頂きました。

2026年4月26日日曜日

2026年 5月3日(日) 礼拝ライブ配信

 時間:10時30分~

 

説教= 「繋がり」    
吉村厚信 伝道師

聖書= ルカによる福音書 第2章22〜38節

讃美=讃美歌21-528  21-463   
   頌栄=21-29     
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。

動画は1種類です。

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https://www.youtube.com/@senboku.newtown.church
※原則、ライブ中継のみとなります。当日用の新しいURLは、こちらのホームページの説教のページに、その都度掲載してまいります。よろしくお願いいたします。


礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致します。

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【説教要旨】
南大阪教会の教会員だったころ「臨床宗教師」に魅かれましたが主任教師前々任 横浜紅葉坂教会へ赴任された岩橋常久先生からは、「牧会自体がスピリチュアルケア!」と強くご示唆がありました。チャプレン・大阪生野教会担任教師から離れる前、精神的に「関係妄想」に近い状況になりました。その後自己を理解するために2025年春に一週間「スピリチュアルケア」実地専門演習に参加する機会を頂きました。場所は堺市立総合医療センター、自分の殻を取り素の自分を出し自分の恥部を集まって来たメンバーの方々に披露、クライアントが真の姿迄見せてくれるために自分を開示すること、その訓練をさせて貰いました。現在臨床スピリチュアルケア協会通称PASCH(パスク)に所属しています。定期的に専門講習会(「専門演習」)に参加、3月参加のときのことを聖書箇所から導きたいとおもいます。「彼らの清めの期間」、定められた律法期間40日目になって清めの儀式にイエス様は両親に連れられ神殿に行きます。旧約のサムエル記にも乳離れしたサムエルが母親ハンナに連れられてシロの主の家(神殿)に行きますが、単なる律法を守ることではなく主に「聖なる者」と呼ばれることを強調しています。山鳩ひとつがいは仔羊を捧げることの出来ない貧しい者の捧げもの。シメオン、エルサレムに住んでいた人物です。メシアに会うまで死なない、と聖霊からお告げを受けていました。そのシメオンが神殿でイエス様と出会い、イエス様を抱いて「主の言葉通り、この僕を安らかに去らせて下さいます。」「万人のために整えて下さった」との感謝があり、そこには民族宗教から異邦人までをも包含する普遍的宗教へとその信仰が深まっていきます。長く苦しめられた民は「神からの慰め」が必要、イエス様とイエス様の行動に繋がっていく一つの流れです。当時イスラエルはローマ帝国の植民地、イスラエルの民は奴隷で当時のヘロデ王の元でとても苦しめられていました。民衆は慰めを欲していました。シメオンは「この子はイスラエルの民に衝撃を与え、また反対を受ける」、と十字架に架かることまで預言します。その後アシュル族のアンナと言う女預言者が登場します。アンナは結婚し夫と死別、神に仕える身として原始教会では未亡人の模範でした。アンナの役割はイエス様のことを人びと皆に知らせる役目、これも「神からの癒し」です。この箇所で重要なこと、「ルカによる福音書」のこの章までに登場する人物の多くは「老人」、ということです。ザカリア、エリザベト、シメオン、アンナ、みな高齢者です。高齢の方々は今まで旧約の律法を遵守して生活してきましたがそこには旧約の古い秩序がありました。しかしもうすぐ天に召される立場に比して新しい命の鼓動、ヨセフとマリアの存在とイエス様の誕生、と新しい「秩序」の変化へと繋がっていきます。そして「神の救い」という一点に於いてこの箇所のストーリーの流れが繋がっていきます。自由になることへの神の到来「希望」が見え隠れする、「古いもの」が「新しいもの」へと繋がっていく、歴史の方向は一方向でも「神の救い」を求めるその方向は全く一致しています。スピリチュアルケア専門演習で、わたしは言葉の意味の「深さ」を教えて頂きました。
二人以上で同じことを行う:共同
心と力を合わせて助け合う:協同
複数の主体が共通の目的のために各々の特性や才能を合わせて対等な立場で協力して活動する:協働
協力して働くには「役割分担」が必要です。専門家は自分の領域を「聖域」としたがる、一緒に行うと言っていても排除の方向にぶれるケースが多い、介護施設チャプレンや教会宗教施設宗教者がその専有物として高齢者の方々、患者の方々の魂の不安や叫びに繋がりはしないか、現場で働いているひとへの心の丈を打ち分けやすくなる対象、ボランティア活動の透明化、病院なら清掃係の方々との繋がりで、不満・不安・悩みの打ち明け、そんな環境が必要になります。これは私たちの環境とも全く同じ、考え方・職種・夫々の素晴らしい能力が異なる方々がお互い重なる部分が大きければ大きいほどかつ役割分担が明確であれば明確であるほど、おおきな力が生まれます。高齢の方々、また末期の癌や難病に苦しむ患者さんの「救い」、そしてその方々への「癒し」や「慰め」は、歴史上の繋がりと共に様々な方々の横の繋がりを合わせていきます。それぞれの相手に対して、
ご家族:孤独感、寂しい、ひとりぼっち
医師 看護師 介護士 :怒りや苦痛の意味について問いかけ、生きる意味の喪失への訴え
臨床心理士 精神科医:無意味感、虚無感、罪責感、
チャプレン 宗教家  : 死後の自分の有無、天国の有無、先に亡くなった家族との再会
全てに共通するものは患者や介護や支援が必要な方々に対してその方々のために何ができるのだろう、ということです。互いの役割・能力・専門分野の知見知識・各分野の目的と限界が理解し合って重なり合う範囲が広がって「ひと」という横のつながりの中で本当の環境を作れるのではないでしょうか。自分達だけ救われたいのか、隣人も救いたいのか、もっと広く隣人ではない(クリスチャンではない)方々にも救いの手が差し伸べられるのか、その手は神様から差し出された手を待つだけなのか、私たちの祈りと共に私たちもイエス様と一緒に手を差し伸べるのか、そこに「繋がり」が現れるのではないでしょうか。

2026年4月20日月曜日

2026年 4月26日(日) 礼拝ライブ配信

時間:10時30分~

 

説教= 「大丈夫!」    
鈴木 宣仁  牧師

動画のリンクは、ページの下の方に載せております。
中継動画は、配信後もご覧いただけます。

当日の礼拝風景など

 








 


聖書=
申命記 18章9~14節
 (新共同訳 旧約 309頁)
マタイによる福音書 5章43〜47節
 (新共同訳 新約 8~9頁)

讃美=21-18, 21-425, 21-27.      
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。

動画は1種類です。

教会のYouTubeチャンネルは、こちらのURLです。
https://www.youtube.com/@senboku.newtown.church
※原則、ライブ中継のみとなります。当日用の新しいURLは、こちらのホームページの説教のページに、その都度掲載してまいります。よろしくお願いいたします。


礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致します。

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【説教要旨】
■イエスが私たちに求めたものは、所詮落胆するしかない命令か…
1. 「山上の説教」ではさまざまな倫理的課題が示されており、これらを集約したの
が本日の箇所です。イエスは、私たちに対して、究極の課題として「敵を愛し、自
分を迫害するもののために祈れ」と求めます。
2. 「敬神愛隣」でさえ覚束ないのに、隣人どころか「敵を愛し、迫害するもののた
めに祈れ」という倫理的命令は、私たちにはハードルが高すぎます。
例えば、ハラスメント行為によって苦しめられた相手を救命するために、私たちは
自分の命を投げ出せるでしょうか?
結局は「神様のように完全な者になりなさい」というのは所詮落胆するしかない、
あるいは絶望するしかない、無理難題だと思うのです。

■命令ではなく約束
1. しかし、「なりなさい」は実は命令形ではなく未来形で書かれています。
「完全なものになりなさい」ではなく「完全なものになるだろう」です。
私たちの「完全」は努力によって獲得するものでも、獲得できるものでもない。
ただ「いつか必ず完全なものにしてあげる」という神様の約束によるのです。
2. 完全になんかなれなくていい。不完全なままでいい。こんな私でも大丈夫。神様
は不完全な私を補って支え、いつの日か「完全なもの」にして下さるからです。

■誰も排除されない、誰もがずっといていい場所
1. イエスは、教師として神と人との関係性の修復を説きました。同時に、宗教的に
地域コミュニティから分断され排除され孤立した人たちに居場所を回復した人(今
でいう社会運動家)でした。
2. 病気や障害を抱える人たち、貧困ゆえに罪を犯すしかなかった人たち。そのため
に「穢れている」とされ、家を追われ地域を追われ、隔離されて暮らすしかなかっ
た人たち。イエスは、そのような人たちに「あなたは完全になんかなれなくてい
い」「不完全なままでいい」「そのままで大丈夫」「神様が完全なものにしてくださ
る」と言葉で伝えるだけでなく、「誰も排除されない」「誰もがいていい」家でも地
域でもない「第三の居場所」を作り、行き場のない人たちを迎え入れたのです。
3. 分断と排除と孤立のなかで、教会は「誰もがずっといていい場所」として開か
れ、行き場を喪くした人たちを受け止める身構えが出来ているでしょうか。