時間:10時30分~
説教= 「lose & lose」 鈴木 ゴリ 宣仁牧師聖書=旧約聖書 ヨシュア記2章1節 新約聖書 マタイによる福音書1章1~11節
讃美=讃美歌21-18番、425番
頌栄=讃美歌21-29番
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。
動画は1種類です。
教会のYouTubeチャンネルは、こちらのURLです。
https://www.youtube.com/@senboku.newtown.church
※原則、ライブ中継のみとなります。当日用の新しいURLは、こちらのホームページの説教のページに、その都度掲載してまいります。よろしくお願いいたします。礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致します。当日のライブ中継のリンクは、「こちら」←をクリック、又はタップしてください。「制限付きモードが有効になっているため再生できません」という旨の表示が出た場合は、YouTubeの制限付きモードを解除してください。
【説教要旨】
■win-win の関係は本当に正しいのか?
1. 田中正造と足尾銅山鉱毒事件~winner 「勝ち組」としての道を歩めたのに
正造は1841年12月15日、今の栃木県佐野市の庄屋家に長男として生まれた。 衆議院議員になった1890年(49歳)、渡良瀬川の大洪水がきっかけで足尾銅山鉱毒事件が発生。1891年(50歳)、第二回帝国議会で「亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国の儀につき質問書」という憲政史上に残る大演説を行い、利益を得るため政府と大企業が結託し、農地を荒廃させ農民の生活を破壊したことを猛烈に批判し責任を追及した。しかし政府と大企業が責任を取らず、鉱毒事件をなかったことにしようと画策し続けたことから、1901年(60歳)明治天皇に直訴しようと試みる。しかし官吏に取り押さえられ失敗。議員辞職。歴史の表舞台から姿を消した。
2. その後の正造 ~loser 「負け犬」としての道を選んだ
1904年(63歳)、正造は国策として貯水池として水没させられることになった谷中村に移住。 1908年、谷中村全域が河川地域に指定され、1911年には旧谷中村村民の北海道への移住が始まる。この間、政府のやり方に反発し北海道への移住を拒否した旧谷中村住民たちと共に、旧谷中村貯水池で船上生活を送る。高みからの支援ではなく、住民に学ぶ共生へ。 1913年9月4日(71歳)、胃癌のため逝去。財産はすべて鉱毒反対運動などに使い果たし、その時持っていたのはボロボロの頭陀袋1つ。その中に帝国憲法とマタイ伝の合本、日記3冊、小石3個、川海苔、鼻紙があるのみだった。谷中村村民に倣い、「負け犬」の如き晩年を選んだ正造は、イエスのように生きたいと願っていたのではないか。
※参照 林竹二著「田中正造の生涯」(講談社 1976)
■マタイがこの系図に込めた思い ~血筋や地位ではなく
1. 系図に登場する、歴史を繋いだ四人の女性たち
①3節 「タマル」 娼婦に化けて男(ユダ)の子を生んだ外国人女性 創世記38:1~26
②5節「ラハブ」 イスラエルを救った敵国の遊女 ヨシュア記2:1~24
③5節「ルツ」 1人残された姑を見捨てず支えた外国人女性 ルツ記1:1~4:22
④6節b 「パテシバ」 ダビデ王に夫を謀殺され権力に支配された妻 サムエル記下 11:1~27
2. loser と共にloser として生きる道を選ぶ
四人の女性は、外国人差別にさらされ、貧困に悩み、権力による支配に苦しんだ人たち。勝ち組ではなく社会的に「負け犬」とされた人たち。この女性たちによってアブラハムの家系は存続した。winner 勝者によるのではなく、loser 「負け犬」が紡ぎ績んだ歴史、とマタイは理解した。 さらに、イエスは、そのような家系の末裔ヨセフとは血のつながりがないという。そして極めつけは「イエスはすべての人の奴隷となり、奴隷となって死んだ」。
「誰が一番偉いのか」で紛糾し、分裂しかけていたエルサレム教会に対して、マタイは、田中正造のように「loser としてloser と共に生きる道を敢えて選ぶ」 「それがイエスに倣うということだ。」と伝えたかったのだと思うのです。