鈴木 ゴリ 宣仁 牧師
聖書=コレへトの言葉12章1~8節
讃美=讃美歌21-18番、讃美歌21-529番
頌栄=讃美歌21-27番
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。
礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致します。
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方法は、こちらのページをご覧ください。
【説教要旨】
A)聖書の訳には、翻訳者の価値観や考え方が表れる
① 「はっきり言っておく」
1. 教会のライブ配信の視聴者からのDMでの質問。「聖書のなかでイエスが『はっきり言っておく』という場面がたくさん(74 回)あるけれど、何だか居丈高な感じで違和感があります。イエスなら『ふわっと』『やわらかく』話したんじゃないの?と思う」。
2. この「はっきり言っておく」は直訳すると「アーメン、あなたがたに言う」の軽い言葉。「はっきり言っておく」は原文に忠実とはいえない。「アーメン」はヘブライ語で「ほんとにその通り」程度の意味。しかも昔から祈祷文の最後に唱えられる常套句。イエスのように文章の最初に「アーメン」というのはとても珍しい使い方(当時としては他に例がない)。この独特の口癖がナザレのイエスの特徴として記憶された。(田川建三『イエスという男』1980 年)
3. イエスの風変わりな口癖を「はっきりいっておく」と訳した背景にあるのは「イエスは、ルールに厳格な、ある種高圧的な指導者だった」という翻訳者の思い込み?マタイ 5:48 の未来形を約束ではなく命令と理解し、「完全なものになりなさい」(「なるだろう」ではなく)と訳したのと同じ?「ルールの押し付けは、イエスが最も嫌ったことではなかったか?」と思っておられる質問者が違和感を持たれるのも当然かも知れません。
B)聖書の訳には、翻訳者の価値観や考え方が表れる② 「お前の創造主に心を留めよ」
1. コヘレト 12:1 はミッションスクールの入学式や教会学校の修養会など、特に若者に対して頻繁に使われる有名な箇所です。
2. しかし、なかには「創造主」が「壺(妻)」と読める写本や断片があり、コヘレト 12:3~7の記述(年老いて機能が低下し、衰えていく人間の様子)と併せると、「若い時から妻を心に留め
大切にしておかないと、要支援・要介護状態になったとき妻から邪険に扱われるぞ!」「なんと空しいことかと嘆くことになるぞ!」という警告と理解することができます。
C)自分で選ぶことが許されている
1. 翻訳とは数ある解釈の中から一つを選ぶという作業です。私たちも聖書を読むとき、幾つかの翻訳から一つを選ぶことが出来ます。自分にとってしっくりくる、すっと受け入れられる「訳」を一つ。それと同じように、生き方・死に方もまた、自分で選ぶことが許されています。
2. 「死に方を選べない国は生き方を選べない国」。そういう国は「同調圧力が高い」。生老病死は不可避ですが、産み方を選ぶ自由、老い方を選ぶ自由、病み方を選ぶ自由、死に方を選ぶ自由はある。それらが家庭から病院・施設に隔離されています。
3. 私も選んでいい、あなたも選んでいい。イエスがそうであったように、愚か者と笑われても変わり者と揶揄されても、「一人一人が自分で選ぶ」を保障できるコミュニティを作りたい。「なんと空しいことか」と嘆くことのない繋がりを。