2019年8月18日日曜日

2019年8月18日(日) 説教

ルカによる福音書10章25~29節
「喜びも悲しみも分けあう生き方」
稲山聖修牧師


 72人の弟子が、神の愛の力であるところの聖霊によって癒しのわざを行い戻ってきた。その働きぶりに触れてキリストも喜びに溢れた。その喜びに満ちた交わりに水を差す声がある。「先生、何をしたら、永遠の命を受け継ぐことができるでしょうか」。キリストを試す律法学者だ。キリストは問答の中で『申命記』6章4〜5節の「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」に始まる『律法(トーラー)』の教えを彼から引出そうとする。その結果、律法学者は「隣人を自分のように愛しなさい」との誡めを思い出す。キリストの答えは実に簡潔だ。「正しい答えだ。それを実行しなさい。そうすれば命が得られる」。実のところ、律法学者の問いは認識や理解に関するものだ。他方、キリストはその認識に根ざしながらの実践を強調する。神の愛とは常に具体的でありダイナミックである。けれどもこのダイナミックさが分からないところに律法学者の哀しみがある。「わたしの隣人とは誰ですか」。彼は立場に固執するあまり、出会いのもたらすダイナミックな神の愛の中におかれていることに気づけない。キリストはそんな彼に実に具体的な話をする。有名な「善いサマリア人の譬え」。エルサレムの神殿を目指していたであろう祭司やレビ人は「屍体に触れてはならない」とする穢れの規定には忠実だった。しかし譬えに登場する行き倒れは同胞であり、かつまだ息絶えてはいない。人間社会の規定に過ぎない「立場」というものが、神の愛のダイナミズムを冷酷に拒絶する姿がよく描かれている。他方で道行く途上のサマリア人は、ユダヤ人との間に横たわる積年の分け隔てを顧みず旅人を憐れんで介抱をする。この介抱はその日だけでなく翌日にまで及ぶ。介抱の翌日、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して「この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います」とまで願う。サマリア人自らの旅の段取りは、棚上げされてしまっている。

祭司・レビ人・サマリア人。「この三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったかと思うか」、とキリストは律法学者に問いかける。注意したいのは、祭司は本来、イスラエルの民の罪の破れを全体として神の前に悔いながら告白し、和解を乞い願うという役目を託されている点、レビ人は受け継ぐ地としての財産を持たず、古くは神を礼拝する幕屋、後には神殿と寡婦や孤児、寄留者との関わりを保持する者としての役割をも託されていたという点だ。しかしキリストの譬え話では、祭司もレビ人も「立場」のもつ軛を絶つことはできていない。それは律法学者も同様である。キリストへの答えとして「サマリア人です」とは答えられず「その人を助けた人です」としか言えないのはその証しであろう。けれども「隣人とは誰か」という問いから「その人を助ける」という答えそのものによって、律法学者は自らの立場のもつ制約を絶対視しない道筋を備えられる。「行って、あなたも同じようにしなさい」。この短い一文には、譬え話の中で、祭司やレビ人が拒絶した神の愛の渦巻きに、律法学者を投げ込もうとするイエス・キリストの態度が示される。これもまた聖霊の働きとして、わたしたちは看て取ることができる。
年齢や性差、家族の内外を超えて、喜びだけでなく悲しみをも分けあう生き方がある。それは神の愛のダイナミズムあればこそ。教会もまた、キリストが示した聖霊の力がなければ時代の波の中に消えていくに違いない。組織は経年劣化を起こし、人は齢を重ねる。経験は時に人から柔軟さを奪い、頑なさをもたらす場合もある。頑なさの原因となるのは若さだけでない。老いも同様である。実際問題としてわたしも様々な現場で自分の頑なさに辟易する。若さとしての未熟さを言い訳にできなくなったときに、今度は立場という言い訳を作ろうとする。何と愚かなことだろう!

けれどもキリストに連なる出会いには、そんな意固地なありようを砕く聖霊の力が隠されている。神の恵みを徹底的に信頼して人生の旅路を進みたい。「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなときにも感謝しなさい」と生き方を変えられたかつての律法学者パウロは記す。主にある喜びと祈りと感謝は、垣根や立場を超えたダイナミックさを伴う。そしてその力は、わたしたちをも絶えず新たにする。その力は老若や立場を問わないのだ。

2019年8月11日日曜日

2019年8月11日(日) 説教

ルカによる福音書9章57~62節
「そびえる壁を超えるために」
稲山聖修牧師

 キリストに従う。一口で表現しても、実はさまざまな道が備えられている。「一行が進んでいくと」と今朝の箇所では記される。ある者は「あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります」と口にする。その言葉はキリストに思いを寄せた言葉のようではあるが、同時にそれはイエス・キリストに激しく自己承認を迫ってもいる。そんな欲求がキリストとの関わりでの壁であることに、この人は気づかない。だからキリストは「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕するところもない」とその申し出を遮ったのではなかろうか。キリストに従うことは、時にはこの世の居場所を失うこともあり得る。そしてその遮りの後に、別の人に対して「わたしに従いなさい」とキリストは語る。その人は先ほどのキリストの言葉に恐れをなしたのか、「主よ、まず父を葬りに行かせてください」と答える。これまでキリストの後についてきた人物が突然父親の弔いを口にする。本当に実父が死線を彷徨っていたのであればこの場でのキリストとの問答は不可能。だからこの言葉の虚実は分からない。その虚実にキリストは関心を寄せず「死んでいる者たちに自分たちの死者を葬らせなさい。あなたは行って、神の国を言い広めなさい」と伝える。この箇所で注意したいのは、葬りを口にしたのは一人であるのに、キリストは複数で「死んでいる者たち」「自分たちの死者」と複数形で語りかけるところ。「父を葬りに行かせてください」との申し出が、実はキリストに従う恐れという壁を言い表す。ただしその壁は「神の国を言い広めなさい」という言葉の中で、口実としての弔いに勝る役目を与えられる。なぜならば、言い広められるところの神の国とは、神の愛が混沌とした世に勝利する出来事であり、死に対するいのちの勝利であり、死者の復活を視野に置く、終末論的展望を示しているからだ。その中で「死んでいる者たち」も「自分たちの死者」も復活の出来事の射程に入るのだ。
 そして最後にキリストの招きに対する言葉とは「主よ、あなたに従います。しかし、まず家族にいとまごいに行かせてください」とある。キリストはにべもなく「鋤に手をかけてから後ろを顧みる者は、神の国にふさわしくない」と語る。キリストに従うとき、家族はそれほど悪し様に言われなくてはならないのかとの疑問があるとすれば、それは誤解だ。「いとまごい」とは詰まるところ赦しを乞うという話。キリストに従おうとする決断の留保である。けれどもキリストは問いかける。「家族は別問題。あなたはどうするのか」。確かに厳しい問いである。イエス・キリストとの間に立ちはだかる数々の壁を前にして、わたしたちはどうすればよいのだろうか。
 その問いかけに対して響く言葉があるとするならば、わたしたちは『マタイによる福音書』7章13~14節を想起したい。すなわち「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見出す者は少ない」。「命に通じる門にいたる細い道」。実はこの細い道こそが、わたしたち各々が困難な局面に際して、何をよるべにして判断をすべきかと問われたとしても、わたしたちの歩む道として堅固に備えられている。「命に通じる門にいたる細い道」。その道に気づくのは他人に判断を阿ねったり、メディアの報せを鵜呑みにしたり、世間体に身を委ねったりしていては不可能に近い。とは言えキリストとの間にそびえる壁は、単に壊したり、よじ登ろうとしたりする道筋だけが克服の選択肢でもなさそうだ。「急がば回れ」よろしく迂回するという道もあれば、そびえる壁の地下を掘り進むという道もある。その全ての道が「命に通じる門にいたる細い道」として祝福されている。
「命に通じる門にいたる細い道」を見出すためには、誰よりもイエス・キリストに従うことなしには不可能だ。けれどもそれはわたしたちを自由にする真理を秘めた道でもあり、憎悪や争いから生じる分断の垣根を取り払う大きな力を秘めている道でもある。北米とメキシコの国境にそびえる壁には不思議にも細い隙間がある。この隙間にはピンクに塗られたシーソーが作られ、国境を越えて遊ぶこどもたちの歓声が響く。シーソーは遊ぶ二人が交互に上下になる遊具であり、その上下関係は決して固定されていない。こどもたちの笑い声は愚かな大人に神の平和を告知する。人や国の間に壁を作りたがる力もあれば、人と人と出会いや交わりをより広げようとする動きもある。わたしたちもキリストとの間をバリアフリーにし、混沌とした世にあっていのちの喜びを広めたい。

2019年8月4日日曜日

2019年8月4日(日) 説教

ルカによる福音書8章1〜3節
「神の平和を実現する者」
説教:稲山聖修牧師


 強い日射しに堪えて咲く花と同じく、福音書に登場する女性もまた、身分や経済の格差を横断する根でつながっていた。ファリサイ派の食卓に招かれ、その場で罪深いとされた女性を癒した後、キリストはただちに行動する。「すぐその後、イエスは神の国を宣べ伝え、その福音を告げ知らせながら、町や村を巡って旅を続けられた。十二人も一緒だった」。キリストは至る所に出向いて、神の愛の支配を説く伝道のわざに励んでいた。注目すべきはキリストと12人の弟子に、「悪霊を追い出して病気を癒していただいた何人かの婦人たち、すなわち、七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリア、ヘロデの家令クザの妻ヨハナ、それにスサンナ、そのほか多くの婦人たちも一緒であった。彼女たちは自分の持ち物を出し合って、一行に奉仕していた」とある箇所。イエス・キリストと12人の弟子に限らず「多くの婦人たち」も、ともにこの旅に同行していた。どうも弟子よりも遙かに多くの女性たちがいたようだ。驚くのは名前を記された女性の多様性。「悪霊を追い出して病気を癒していただいた女性たち」には「七つの悪霊を追い出していただいたマグダラの女と呼ばれるマリア」がいる。「七つの悪霊」について聖書そのものは触れない。しかしこの箇所でキリストの復活の遭遇するマグダラのマリアと、キリストとの初めての出会いが明らかになる。そして続くのは「ヘロデの家令クザの妻ヨハナ」。「家令」とは「皇族や華族の家の事務・会計を管理し、使用人の監督に当たった人」とある。洗礼者ヨハネを殺害した領主ヘロデのもとで財務管理をしていたクザという人物の伴侶がイエス・キリストと弟子に物心両面にわたって奉仕していたこととなる。これは重大な証言だ。
 群衆の中にいたこどもたちを追い払おうとしたり、キリストのもとでのポストを争うだけでなく、いよいよ十字架につけられるという場面では逃げるばかりの12弟子に較べて、女性たちは黙々とキリストと弟子の働きを支援する。『マルコによる福音書』ではサロメという女性が登場するが、斬首された洗礼者ヨハネの首を求めて舞を舞った女性としてではない。洗礼者ヨハネを首を盆にのせたサロメはオスカー・ワイルドの戯曲に描かれるだけで聖書とは関係がない。サロメとはもともとシャーローム「神の平和」に由来する。サロメにしても、マグダラのマリアにしても、そしてクザの伴侶ヨハンナにしても、キリストの地上の生涯の果てに復活の告知をその場で受ける役目を授かる。敵味方に分かれて争う男性の陰で、その線引きを超えた交わりが、キリストに仕える女性の交わりから広がっていく。そこには、争いに対する極めて醒めた視点があるとともに、キリストに向かう情熱的な眼差しがあった。

 キリストへの奉仕というわざを、名誉や見返り、あるいは自らの承認願望と取り違えてしまいがちなわたしたちは、キリストへの、12弟子を凌ぐ強力なサポーターの姿をどのように受けとめるのだろうか。

 今日は平和聖日。復活にいたるその時まで、キリストから決して離れようとしなかった交わりは、今も決してその力を失うどころか、時代の権力の手の届かないところにまで手を伸ばし、若葉を生い茂られようとしている。戦うことが求められ、生い茂った葉を無理やりむしり取ることが習い性になっている人々のありようよりも、いのちを育むことにじっくりと向き合い、そしてそのわざを誇らしげには語らない態度こそが、教会という畑が荒られて荒んだときに、諦めずにまた耕す働きの源となる。不条理に対して拳を振りあげるというより、涙を流しながら耕しに励む姿がある。
 21世紀も五分の一を迎えようとしている今、世界や、わたしたちが暮らすこの社会のさまざまなところに、分断による悲劇があり、孤立による悲しみがあり、権力の暴走による破壊がある。そのような悲劇や悲しみ、破壊を、否定や批評にではなく、それに変わるものを育むわざは、ますます大切になり、重みを増す。どのような混乱の中でも、イエス・キリストを見つめていれば生きていけると、今朝の福音書に名を刻まれた人々は時を超えて証明してくれた。「平和を実現する者は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる」。『戦争は女の顔をしていない』という2015年ノーベル文学賞受賞作品もある。根を降ろすべきは時に移ろう世やわたしたちの思いにではなく、イエス・キリストその人であった。心して時代の風に向き合おう。

2019年7月28日日曜日

2019年7月28日(日) 説教

ルカによる福音書7章36~39節
「キリストが借入金を免除するとき」
説教:稲山聖修牧師
『ルカによる福音書』では、時に対立するファリサイ派とイエス・キリストは三度も食卓をともにする。まずは本日の箇所と、第二にはキリストが食卓につく前に身を清めなかったことに端を発する論争が繰り広げられる11章37節以降、そして第三には14章1節以降の物語。それぞれが独自の解き明かしの可能性をもちつつ、宴席が設けられた理由、そしてキリストがその招きを受けたわけを考えずにはおれない。ファリサイ派の招待に関する三つの物語のうち、第一の物語と第三の物語には、その場には社会の片隅に佇むように強いられていた人々が、ファリサイ派という別格の立場にある人々と対比されて描かれる。
本日の物語で登場するファリサイ派の人物には名前がキリストから呼ばれる。今日の箇所に続く40節ではシモンと称される。某かの面識はあるという具合で、何のためにキリストを食卓に招いたのか今一つ測りかねる。しかしキリストとのやりとりを見るに、礼を尽くしてもてなしたとは言い難いところが、もう一人の重要人物である「罪深い女性」と対比されて明らかになる。
女性がなぜ「罪深い」と見なされたのかは本日の箇所には直接には記されない。可能性としては「穢れた女性」「賤業に就いていた女性」の場合もありうる。けれども書き手は要らぬ詮索をせず、その女性の振る舞いのみを記す。女性は香油の入った石膏の壺を持ってきて部屋にいるキリストに後ろから近より、その足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、その足に接吻をしながら香油を塗った。当時の宴席では、今日とは異なった姿勢で食事をする。集う人々は横になって左手で頭を支えながら、右手を使って料理に手を伸ばした。足は投げ出されたままだ。そのような姿勢で集う人々が食事を囲む中でキリストの足を涙で濡らし、接吻しながら髪の毛でぬぐい香油を塗る振る舞い。この女性の振る舞いはあまりにも唐突で、シモンはこの女性を認めない。

けれどもキリストはこの女性の振る舞いを通してファリサイ派のシモンを諫める。その際に引き合いに出すのが、有り体に言うならば借金の譬えだ。潔癖なファリサイ派の望む話題ではない。けれどもキリストは決して躊躇しない。この話はシモンだけにではなく、涙しながら香油を塗った女性にも向けられているからだ。
「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。一人は500デナリオン、もう一人は50デナリオンである。二人には返す金がなかったので、金貸しは両方の借金を帳消しにしてやった。二人のうち、どちらが多くその金貸しを愛するだろうか」。福音書の世界で「金貸し」は賤業であったという。つまりキリストは、自らを賤業に従事する者に重ねてシモンを諫める。返済能力を失い資金繰りに焦げついたときに、借入金を免除された場合、人はどう思うか。宴席にいた人々には縁遠い話かも知れないが、その場で言葉もなく涙する女性の日常にはしみとおる言葉。シモンもまた「帳消しにしてもらった額の多い方だと思います」と答える。キリストはただ頷くだけでなく、女性を振り向いて「この人を見よ」と語る。キリストの言葉は、物語に登場する女性だけに絞り込まれるだけでなく、普遍的な広がりを伴っている。続く具体的な諫めからは、シモンのキリストへの接し方が分かる。「わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足を濡らし、髪の毛でぬぐってくれた。あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入ってきてから、わたしの足に接吻してやまなかった。あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。だから言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない」。そしてキリストは女性に「あなたの罪は赦された」といわれた。ファリサイ派には女性の振る舞いは眉をひそめずにはおれないほど艶やかにすら映ったかもしれないが、イエス・キリストの赦しと癒しとは、人間の身体性や具体的な生活と不可分にはされない。実に目線が低いのだ。
わたしたちも多くの人々から赦され、今を生かされている。イエス・キリストを通して明らかにされた神の愛の力であるところの聖霊のわざを通して、わたしたちは債務を免除されるどころか、人としての過ちや損失を補填さえされている。しがみつく傲慢さから手を離し、神への債務を補填してくださるキリストに自らを委ねよう。

2019年7月21日日曜日

2019年7月21日(日) 説教

ルカによる福音書7章11~17節
「もう泣かなくても、よい」
説教:稲山聖修牧師

ローマ帝国の下級将校の部下を癒した後、キリストはナインという町を訪れた。サマリアとデカポリスとガリラヤの境目にあたる場所。イエス・キリストがこの町の門に近づいた折、ちょうどある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところであった。
ところでユダヤ教の誡めの大全である『律法(トーラー)』を構成する『申命記』には、若者の権利を守る誡めを見ることができる。その24章5節では「人が新妻をめとったならば、兵役に服さず、いかなる公務も課せられず、一年間は自分の家のためにすべてを免除される。彼は、めとった妻を喜ばせねばならない」とある。『申命記』では、当然のこととして、本人の意志や事情を問うことなくこの規定が適用される。兵役に服してはならず、公務も免除されなくてはならない。何よりもそれは伴侶たる女性が常に笑顔でいるために、である。実はそれほど、高齢者に限らず若者も、とりわけ子育て世代も『律法』では大切にされていた。
けれどもキリストが出会ったのは、そのような陽の当たる場にいる人々ではない。母親はやもめであり、町の人が大勢そばに付き添っていた、とある。母子家庭の中で懸命に育ててきたわが子が急逝した。全てを投げうって育ててきた母親には、あまりにもという出来事。
その現場を目の当たりにしてイエス・キリストは「憐れに思い、『もう泣かなくてもよい』と言われた」。泣くどころか、母親は悲しみの余り涙さえ涸れ果てていたであろう。けれどもイエス・キリストは「もう泣かなくてもよい」と語りかける。「憐れに思う」とは、ただ同情するのではなく、この女性の痛みをともにすることであり、それは十字架でのイエス・キリストの苦しみに重なる。「町の人が大勢そばに付き添っていた」とあるように、誰もこの若者の逝去の責任を問わず、詮索もしない。ごく短い箇所でありながら、実に成熟した社会が描かれる。そしてイエス・キリストは棺に手を触れて担ぎ出されるその歩みを止め「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と語る。すると、死人は起き上がってものを言い始めた。絶たれたと思われていたいのちが新たに輝き始めただけでなく、やもめの悲しみも癒されていく。しかしこの話を単なる「奇跡物語」を越えた証言として受けとめるためには、聖書の終末論的視点を忘れるわけにはいかない。神の愛の勝利がこの世の悲しみ全てに打ち勝つとき、不可能は不可能でなくなるという希望が備えられる。

イスラエルの民にとって最も悲しむべきは、身体の滅びではない。悲しむべきは記憶から忘れ去られていくこと、初めからなかったことのように扱われることだ。この若者の記憶は、キリストが棺に手を触れたことによって、人々の胸に深く刻みつけられた。そして同時にこの物語は『ルカによる福音書』が献げられたローマ帝国の支配階級に向けて、重大な問いを投げかけている。それは政治的にも軍事的にも支配下にある小さな町にあって、「死」に「いのち」が勝利するという希望が描かれるところにある。軍事力があれば何でも出来るのか。政治力があれば何でも出来るのか。経済力があれば何でも出来るのか。それではあなたがたは、死人を復活させることができるか、そしていのちが死によって終わりを告げるのではなくて、死もまたいのちの一部に過ぎないと確信できているのか。この問いかけが支配階級に剛速球のごとく投げつけられる。
福音書の描く世界は、決して自己責任や関係喪失の世界に、人をぽつねんと置き去りにはしない。現代を冷静に眺めると、物作りや日々の糧を授かるわざ、あるいは人々のコミュニケーションの可能性を広げるわざ、人を育むわざや癒すわざとは無関係に、お金が左から右へ、右から左へと動かしていく仕組みがより巧みになりつつある。けれどもその中に、神の愛の一滴がなければ、やもめの流した涙一滴に魂を揺り動かされる思いがなければ、何のために生きているのか分からなくなってしまう。「イエス・キリストはこの母親を見て憐れに思い、『もう泣かなくてもよい』と言われた。そして近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人は立ち止まった」。弔いへと急ぐ人を立ち止まらせたのは、イエス・キリストが自らの苦難と死の果てに顕わした復活の光であった。やもめの涙を拭う社会を作り出すわざもまた、わたしたちの重大な証しであり、神から委託された権利である。

2019年7月14日日曜日

2019年7月14日(日) 説教

ルカによる福音書17章11~19節
「ありがとう、というために」
説教:稲山聖修牧師 

本日の『ルカによる福音書』では、ローマ帝国の分断統治を前提にした上で、イエス・キリストの癒しの物語が記される。それは次のような次第。すなわち「イエス・キリストがエルサレムに上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた」。エルサレムを見つめながら暮らす人々にとって、ガリラヤ地方は異邦人やサマリア人の間にある飛び地のような地域として映る。そのような地域に生きるユダヤ人の中には選民意識の強い人々もいたであろう。そのような中で「ある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて、『イエス様、先生、どうかわたしたちを憐れんでください』」といったとある。『マルコによる福音書』1章40節ではイエス・キリストのもとに跪いて癒しを乞い願った同じ病の人が描かれるが、『ルカによる福音書』では「遠くの方に立ち止まったまま」である。実はこちらの方が、ユダヤ教の誡めに適った立ち振る舞いだ。ギリシア語で「レプラ」、口語訳聖書では「らい病」と訳された病に罹患した人々は、その身と病が穢れているという理由で、一般の人々には近寄ることもできず、道行くときも自ら病状を叫びながら歩かずにはおれなかった。だから今朝の箇所では「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」というだけである。この言葉だけでこの十人は清められ、癒されたのだが、実はこの箇所、癒しのわざそのものは物語の中心にはなってはいない。焦点は、むしろ癒された人々各々の、その後の態度である。
「その中の一人は、自分が癒されたのを知って、大声で神を讃美しながら戻って来た」。病を癒され、神を讃えながらイエス・キリストのもとに戻ってきたのは誰であったのか。そして、イエスの足元にひれ伏して感謝したのは誰であったのか。その人はサマリア人であった、と『ルカによる福音書』の書き手は記す。イエス・キリストの癒しの恵みは、十人に等しく注がれたはず。けれども「ありがとう」というために戻ってきたのはたった一人。それはユダヤ社会からは疎外されていたサマリア人だった。イエス・キリストは問いかける。「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。この外国人のほかに、神を讃美するために戻って来た者はいないのか」。なぜほかの九人は戻ってこなかったのだろうか。祭司たちの前で病の癒しを証言したのは誰かを考えれば、解釈の幅が広がる。この祭司はユダヤ教の祭司である。そして十人は「イエス様、先生」と呼びかけた。この呼びかけに解き明かしの鍵が隠されているかも知れない。誡めに忠実であったところの九人は、祭司に「先生」すなわち「ラビ」に癒してもらったとの証言が可能となる。そのわざに賛否両論あるイエス・キリストに癒されたとはいわなかったかも知れない。しかもそれが、ローマ帝国の分断統治の中で関わりを絶っていたはずのサマリア人とともに癒された、とあればなおさらだ。他の九人は社会から排除される病が癒されたとしても、他者を排除する態度からは決して自由ではない。だからイエス・キリストの名も、その関わりも公にはせずに姿を消していく。重い皮膚病を癒すわざをもってしても治癒できない病がここに隠されている。他方でユダヤ人の集落からは排除され、穢れていると見なされていたサマリア人は、神を讃え、喜びながらイエス・キリストのもとに戻り、跪いて感謝する。彼は「ありがとう」というために、戻ってきた。キリストのもとに戻ってきたのは十分の一。この十分の一であるサマリア人が、初代教会の礼拝のモデルを構成しているといえないだろうか。初代教会の課題と、礼拝出席者の「数」をつい気にしがちな、わたしたちの課題が重なるところだ。



それでは他の九人が、より深い病であるところの憎しみや独善から救われるのは「主よ、いつなのですか」とわたしたちは問わずにはおれない。「主よ、いつなのですか」。幾年にもわたり各々奉仕を続け交わりを深めた人々は多いのにも拘らず、人に過ぎないわたしたちにではなく、主なる神に感謝してくださる日は「主よ、いつなのですか」。それは、イエス・キリストの味わった苦難と十字架での死にいたるまでの苦しみによって深く身も心も癒され、ともに重荷を担う者を気づかされる時である。イエス・キリストの復活の光は、十字架の苦しみと死の痛ましさを「なかったこと」にはしない。むしろ困難に直面しての「死にたい」との呟きを、実は死にたいほど「生きたい」という気づきへと変える出会いと交わりをもたらす。ここに「ありがとう」というための道が整えられる。イエス・キリストの歩んだ十字架への道と死、そして復活こそが、わたしたちの生きる力の根源だ。

2019年7月7日日曜日

2019年7月7日(日) 説教

ルカによる福音書15章8~10節
「探しものは何ですか」
説教:稲山聖修牧師

ローマ帝国の支配下、古代ユダヤ教で相応の役割を担った人々から本来の使命感が失われる中で、放置されていたのは「徴税人や罪人」と呼ばれる人々だ。旧約聖書に記された預言者の言葉や律法は、そのような立場の人々には、本来は慰めと癒し、そして励ましの言葉として響くはずだった。預言者や律法に忠実な者が激しく迫るのは、目先の権力や繁栄に溺れて、貧しい人々を虐げても良心の呵責を感じない者であり、決して疎外されたままの人々や、職業身分としての賤業に従事する者に対してではない。しかし福音書に描かれるファリサイ派や律法学者らの非難は、時としてその時代の弱者へと向けられていく。それでもなお、どのような眼差しでさえも顧みずに徴税人や罪人がイエス・キリストのもとに集まってきたのには、地位や身分ある人々には推し量ることのできない重荷を抱えていたからだろう。

イエス・キリストは罪人や賤業にある人々と実に深い関わりをもっていた。その上でイエス・キリストは次の譬えを語る。まずはよく知られている一匹の羊を探す羊飼いの譬え。そして次の譬えだ。「ドラクメ銀貨を十枚持っている女性がいて、その一枚を無くしたとすれば、ともし火をつけ、家を掃き、見つけるまで念を入れて捜さないだろうか。そして、見つけたら、友達や近所の女性を呼び集めて、『無くした銀貨を見つけましたから、一緒に喜んでください』と言うだろう」。罪人の悔い改めの喜びを、無くしたドラクメ銀貨に重ねるなど言語道断だとファリサイ派や律法学者は思ったことだろう。ドラクメ銀貨は異邦であるギリシアの通貨であるだけでなく、譬え話そのものも、極めて世俗的な物語だからだ。けれどもイエス・キリストはこの譬えを語って憚らない。
 思うに、この一連の罪人の悔い改めをめぐる譬え話は、本来はキリストと食卓をともにした、徴税人や罪人に向けられていると考えれば納得がいく。徴税人の生業は、ローマ帝国への納税金を徴収するというわざであり、貨幣とは不可分であるからだ。
 そうだとするとイエス・キリストは、新共同訳聖書の小見出しを用いるならば「見失った羊」の譬えと「失くした銀貨」の譬えを両方用いて、罪人の悔い改めを心から喜ぶ神の天使たちの喜び、そして神自らの喜びについて、誰も排除せずに語り得たこととなる。特に「失くした銀貨」の譬えについては、銀貨を失くしたのは誰かという、この女性自らの過失もまた同時に問われる。さらにはドラクメ銀貨一枚の値打ちが分からなければ、女性の狼狽ぶりについては想像しがたい。実のところ、その金額の価値は、1デナリオンと同じく、一日の日当分にあたるからだ。徴税人や罪人の暮しに歩み寄った譬え話は、この「失くした銀貨」の譬えではなかったか。

 この二つの譬え話に共通するのは、数として計上するならば、たとえ羊を見つけたところで本来の頭数に戻るだけであり、ドラクメ銀貨の場合でも金額が増えるわけでもないところ。つまり、見つけた者が具体的に何か得をするという譬え話ではないのである。しかし、そんな「お得な話」よりももっと重要な事柄があるとイエス・キリストは語る。それは、見失った羊を見つけた喜びであり、そして家捜しして失くしたはずの1ドラクメ銀貨を見つけた喜びである。この譬えを呼び水にして、神の備えた道から外れていた人々が、再び神のもとに立ち返る姿を喜ぶ天使の姿を、キリストは語る。
 わたしたちは教会の頭であるイエス・キリストに根を降ろしながら、各々遣わされたところでの働きを担っている。綺麗事では決して片づけられない各々の現場では、時として自ら担うべき責任を他人に転嫁したり、他人に八つ当たりする態度のとばっちりを受けるばかりでなく、納得できないまま命じられた仕事に従事せざるを得ない場合もある。呟きや嘆きが口にのぼったとき、暴力的な態度によって自分を見失ったとき、わたしたちはイエス・キリストに示された主の平安を見失い、心ない言葉ばかりに気を取られてしまう。しかし、実はそのときに、失くしたはずの銀貨や見失った羊は、実は「ないないない」と狼狽えたり、家捜ししているわたしたちの視界や手の中に、しっかりと捉えられているのではないだろうか。刀の錆びにもならぬ、1ドラクメの値打ちもない言葉に臆してはならない。なぜならわたしたちは、イエス・キリストに探し出され、見出された者なのだから。