2026年5月17日日曜日

2026年 5月24日(日) 礼拝ライブ配信

【ペンテコステ礼拝】

時間:10時30分~

 


説教題=「聖霊の業である教会」    
池田清樹牧師 

聖書=コロサイの信徒への手紙 1章24~29節

讃美=讃美歌21-204番 、412番
頌栄=讃美歌21-29番

可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。

礼拝当日、10時30分より

礼拝のライブ配信を致します。

当日のライブ中継のリンクは、
「こちら」←をクリック、
又はタップしてください。

「制限付きモードが有効になっているため再生できません」という旨の表示が出た場合は、YouTubeの制限付きモードを解除してください。
方法は、こちらのページをご覧ください。

【説教要旨】
教会は聖霊なる神のお働きによって生み出され建てられる。

私が泉北栂教会において、特に心にとめたことは、人と人とのつながりを結んでいく努力です。

教会がどれだけほっとできる雰囲気づくりができるかを心がけていきました。

教会とは、基本的に何より愛の交わりです。

1989年9月23日 第一回目の会堂建築委員会が発足しました。その時私は週報にこう記しました。

「神は必ず私達の祈りに応えてくださる。信仰とは常に現実を見ることではなく、神にある可能性を仰ぎ見ることです。私の頭の中には十字架がそびえ立った教会のイメージが描かれている。」

1995年5月31日、泉北栂教会の会堂は一億円の資金で建ち上がったのです。そして、その際の東梅田教会からの7,000万円の借金は、教会員の献金で18年間で完済しました。


2026年5月10日日曜日

2026年5月17日 礼拝 ライブ配信

時間:10時30分~

 

説教= 「lose & lose」    
鈴木 ゴリ 宣仁牧師

聖書=旧約聖書 ヨシュア記2章1節
新約聖書 マタイによる福音書1章1~11節

讃美=讃美歌21-18番、425番
頌栄=讃美歌21-29番  
  
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。

動画は1種類です。

教会のYouTubeチャンネルは、こちらのURLです。
https://www.youtube.com/@senboku.newtown.church
※原則、ライブ中継のみとなります。当日用の新しいURLは、こちらのホームページの説教のページに、その都度掲載してまいります。よろしくお願いいたします。


礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致します。

当日のライブ中継のリンクは、
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又はタップしてください。

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【説教要旨】
■win-win の関係は本当に正しいのか?

1. 田中正造と足尾銅山鉱毒事件~winner 「勝ち組」としての道を歩めたのに

正造は1841年12月15日、今の栃木県佐野市の庄屋家に長男として生まれた。 衆議院議員になった1890年(49歳)、渡良瀬川の大洪水がきっかけで足尾銅山鉱毒事件が発生。1891年(50歳)、第二回帝国議会で「亡国に至るを知らざれば之れ即ち亡国の儀につき質問書」という憲政史上に残る大演説を行い、利益を得るため政府と大企業が結託し、農地を荒廃させ農民の生活を破壊したことを猛烈に批判し責任を追及した。しかし政府と大企業が責任を取らず、鉱毒事件をなかったことにしようと画策し続けたことから、1901年(60歳)明治天皇に直訴しようと試みる。しかし官吏に取り押さえられ失敗。議員辞職。歴史の表舞台から姿を消した。


2. その後の正造 ~loser 「負け犬」としての道を選んだ 

1904年(63歳)、正造は国策として貯水池として水没させられることになった谷中村に移住。 1908年、谷中村全域が河川地域に指定され、1911年には旧谷中村村民の北海道への移住が始まる。この間、政府のやり方に反発し北海道への移住を拒否した旧谷中村住民たちと共に、旧谷中村貯水池で船上生活を送る。高みからの支援ではなく、住民に学ぶ共生へ。 1913年9月4日(71歳)、胃癌のため逝去。財産はすべて鉱毒反対運動などに使い果たし、その時持っていたのはボロボロの頭陀袋1つ。その中に帝国憲法とマタイ伝の合本、日記3冊、小石3個、川海苔、鼻紙があるのみだった。谷中村村民に倣い、「負け犬」の如き晩年を選んだ正造は、イエスのように生きたいと願っていたのではないか。 
※参照 林竹二著「田中正造の生涯」(講談社 1976)


■マタイがこの系図に込めた思い ~血筋や地位ではなく

1. 系図に登場する、歴史を繋いだ四人の女性たち

①3節 「タマル」 娼婦に化けて男(ユダ)の子を生んだ外国人女性 創世記38:1~26 
②5節「ラハブ」 イスラエルを救った敵国の遊女 ヨシュア記2:1~24 
③5節「ルツ」 1人残された姑を見捨てず支えた外国人女性 ルツ記1:1~4:22 
④6節b 「パテシバ」 ダビデ王に夫を謀殺され権力に支配された妻 サムエル記下 11:1~27

2. loser と共にloser として生きる道を選ぶ

四人の女性は、外国人差別にさらされ、貧困に悩み、権力による支配に苦しんだ人たち。勝ち組ではなく社会的に「負け犬」とされた人たち。この女性たちによってアブラハムの家系は存続した。winner 勝者によるのではなく、loser 「負け犬」が紡ぎ績んだ歴史、とマタイは理解した。 さらに、イエスは、そのような家系の末裔ヨセフとは血のつながりがないという。そして極めつけは「イエスはすべての人の奴隷となり、奴隷となって死んだ」。
「誰が一番偉いのか」で紛糾し、分裂しかけていたエルサレム教会に対して、マタイは、田中正造のように「loser としてloser と共に生きる道を敢えて選ぶ」 「それがイエスに倣うということだ。」と伝えたかったのだと思うのです。

2026年5月3日日曜日

2026年 5月10日(日) 泉北ニュータウン教会・こひつじこども園  創立55周年記念礼拝 ライブ配信

2026年 5月10日(日)

開場 10:00 / 礼拝開始 10:30〜

場所:泉北ニュータウン教会礼拝堂 


おかげさまで、泉北ニュータウン教会および
こひつじこども園は創立55周年を迎えます。
この節目を記念して、素晴らしいゲストをお招きした特別なイベントを開催いたします。

当日は、福音歌手の森祐理さんをお迎えし、
音楽コンサートを開催します🎵 
  
森さんはNHK教育テレビ「ゆかいなコンサート」の歌のお姉さんとしても、ご活躍された方です。
ご家族やお友達とお誘い合わせの上、ぜひ癒やしの時間をお楽しみください。

どなたでもご参加いただけます。
記念すべきこの日を、皆様と共に過ごせれば幸いです。
皆様のご来場を心よりお待ち申し上げております。


礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致しました。
当日はコンサート形式となりますので、動画はライブ配信後に非公開とさせて頂きました。

2026年4月26日日曜日

2026年 5月3日(日) 礼拝ライブ配信

 時間:10時30分~

 

説教= 「繋がり」    
吉村厚信 伝道師

聖書= ルカによる福音書 第2章22〜38節

讃美=讃美歌21-528  21-463   
   頌栄=21-29     
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。

動画は1種類です。

教会のYouTubeチャンネルは、こちらのURLです。
https://www.youtube.com/@senboku.newtown.church
※原則、ライブ中継のみとなります。当日用の新しいURLは、こちらのホームページの説教のページに、その都度掲載してまいります。よろしくお願いいたします。


礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致します。

当日のライブ中継のリンクは、
「こちら」←をクリック、
又はタップしてください。

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方法は、こちらのページをご覧ください。

【説教要旨】
南大阪教会の教会員だったころ「臨床宗教師」に魅かれましたが主任教師前々任 横浜紅葉坂教会へ赴任された岩橋常久先生からは、「牧会自体がスピリチュアルケア!」と強くご示唆がありました。チャプレン・大阪生野教会担任教師から離れる前、精神的に「関係妄想」に近い状況になりました。その後自己を理解するために2025年春に一週間「スピリチュアルケア」実地専門演習に参加する機会を頂きました。場所は堺市立総合医療センター、自分の殻を取り素の自分を出し自分の恥部を集まって来たメンバーの方々に披露、クライアントが真の姿迄見せてくれるために自分を開示すること、その訓練をさせて貰いました。現在臨床スピリチュアルケア協会通称PASCH(パスク)に所属しています。定期的に専門講習会(「専門演習」)に参加、3月参加のときのことを聖書箇所から導きたいとおもいます。「彼らの清めの期間」、定められた律法期間40日目になって清めの儀式にイエス様は両親に連れられ神殿に行きます。旧約のサムエル記にも乳離れしたサムエルが母親ハンナに連れられてシロの主の家(神殿)に行きますが、単なる律法を守ることではなく主に「聖なる者」と呼ばれることを強調しています。山鳩ひとつがいは仔羊を捧げることの出来ない貧しい者の捧げもの。シメオン、エルサレムに住んでいた人物です。メシアに会うまで死なない、と聖霊からお告げを受けていました。そのシメオンが神殿でイエス様と出会い、イエス様を抱いて「主の言葉通り、この僕を安らかに去らせて下さいます。」「万人のために整えて下さった」との感謝があり、そこには民族宗教から異邦人までをも包含する普遍的宗教へとその信仰が深まっていきます。長く苦しめられた民は「神からの慰め」が必要、イエス様とイエス様の行動に繋がっていく一つの流れです。当時イスラエルはローマ帝国の植民地、イスラエルの民は奴隷で当時のヘロデ王の元でとても苦しめられていました。民衆は慰めを欲していました。シメオンは「この子はイスラエルの民に衝撃を与え、また反対を受ける」、と十字架に架かることまで預言します。その後アシュル族のアンナと言う女預言者が登場します。アンナは結婚し夫と死別、神に仕える身として原始教会では未亡人の模範でした。アンナの役割はイエス様のことを人びと皆に知らせる役目、これも「神からの癒し」です。この箇所で重要なこと、「ルカによる福音書」のこの章までに登場する人物の多くは「老人」、ということです。ザカリア、エリザベト、シメオン、アンナ、みな高齢者です。高齢の方々は今まで旧約の律法を遵守して生活してきましたがそこには旧約の古い秩序がありました。しかしもうすぐ天に召される立場に比して新しい命の鼓動、ヨセフとマリアの存在とイエス様の誕生、と新しい「秩序」の変化へと繋がっていきます。そして「神の救い」という一点に於いてこの箇所のストーリーの流れが繋がっていきます。自由になることへの神の到来「希望」が見え隠れする、「古いもの」が「新しいもの」へと繋がっていく、歴史の方向は一方向でも「神の救い」を求めるその方向は全く一致しています。スピリチュアルケア専門演習で、わたしは言葉の意味の「深さ」を教えて頂きました。
二人以上で同じことを行う:共同
心と力を合わせて助け合う:協同
複数の主体が共通の目的のために各々の特性や才能を合わせて対等な立場で協力して活動する:協働
協力して働くには「役割分担」が必要です。専門家は自分の領域を「聖域」としたがる、一緒に行うと言っていても排除の方向にぶれるケースが多い、介護施設チャプレンや教会宗教施設宗教者がその専有物として高齢者の方々、患者の方々の魂の不安や叫びに繋がりはしないか、現場で働いているひとへの心の丈を打ち分けやすくなる対象、ボランティア活動の透明化、病院なら清掃係の方々との繋がりで、不満・不安・悩みの打ち明け、そんな環境が必要になります。これは私たちの環境とも全く同じ、考え方・職種・夫々の素晴らしい能力が異なる方々がお互い重なる部分が大きければ大きいほどかつ役割分担が明確であれば明確であるほど、おおきな力が生まれます。高齢の方々、また末期の癌や難病に苦しむ患者さんの「救い」、そしてその方々への「癒し」や「慰め」は、歴史上の繋がりと共に様々な方々の横の繋がりを合わせていきます。それぞれの相手に対して、
ご家族:孤独感、寂しい、ひとりぼっち
医師 看護師 介護士 :怒りや苦痛の意味について問いかけ、生きる意味の喪失への訴え
臨床心理士 精神科医:無意味感、虚無感、罪責感、
チャプレン 宗教家  : 死後の自分の有無、天国の有無、先に亡くなった家族との再会
全てに共通するものは患者や介護や支援が必要な方々に対してその方々のために何ができるのだろう、ということです。互いの役割・能力・専門分野の知見知識・各分野の目的と限界が理解し合って重なり合う範囲が広がって「ひと」という横のつながりの中で本当の環境を作れるのではないでしょうか。自分達だけ救われたいのか、隣人も救いたいのか、もっと広く隣人ではない(クリスチャンではない)方々にも救いの手が差し伸べられるのか、その手は神様から差し出された手を待つだけなのか、私たちの祈りと共に私たちもイエス様と一緒に手を差し伸べるのか、そこに「繋がり」が現れるのではないでしょうか。

2026年4月20日月曜日

2026年 4月26日(日) 礼拝ライブ配信

時間:10時30分~

 

説教= 「大丈夫!」    
鈴木 宣仁  牧師

動画のリンクは、ページの下の方に載せております。
中継動画は、配信後もご覧いただけます。

当日の礼拝風景など

 








 


聖書=
申命記 18章9~14節
 (新共同訳 旧約 309頁)
マタイによる福音書 5章43〜47節
 (新共同訳 新約 8~9頁)

讃美=21-18, 21-425, 21-27.      
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。

動画は1種類です。

教会のYouTubeチャンネルは、こちらのURLです。
https://www.youtube.com/@senboku.newtown.church
※原則、ライブ中継のみとなります。当日用の新しいURLは、こちらのホームページの説教のページに、その都度掲載してまいります。よろしくお願いいたします。


礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致します。

当日のライブ中継のリンクは、
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【説教要旨】
■イエスが私たちに求めたものは、所詮落胆するしかない命令か…
1. 「山上の説教」ではさまざまな倫理的課題が示されており、これらを集約したの
が本日の箇所です。イエスは、私たちに対して、究極の課題として「敵を愛し、自
分を迫害するもののために祈れ」と求めます。
2. 「敬神愛隣」でさえ覚束ないのに、隣人どころか「敵を愛し、迫害するもののた
めに祈れ」という倫理的命令は、私たちにはハードルが高すぎます。
例えば、ハラスメント行為によって苦しめられた相手を救命するために、私たちは
自分の命を投げ出せるでしょうか?
結局は「神様のように完全な者になりなさい」というのは所詮落胆するしかない、
あるいは絶望するしかない、無理難題だと思うのです。

■命令ではなく約束
1. しかし、「なりなさい」は実は命令形ではなく未来形で書かれています。
「完全なものになりなさい」ではなく「完全なものになるだろう」です。
私たちの「完全」は努力によって獲得するものでも、獲得できるものでもない。
ただ「いつか必ず完全なものにしてあげる」という神様の約束によるのです。
2. 完全になんかなれなくていい。不完全なままでいい。こんな私でも大丈夫。神様
は不完全な私を補って支え、いつの日か「完全なもの」にして下さるからです。

■誰も排除されない、誰もがずっといていい場所
1. イエスは、教師として神と人との関係性の修復を説きました。同時に、宗教的に
地域コミュニティから分断され排除され孤立した人たちに居場所を回復した人(今
でいう社会運動家)でした。
2. 病気や障害を抱える人たち、貧困ゆえに罪を犯すしかなかった人たち。そのため
に「穢れている」とされ、家を追われ地域を追われ、隔離されて暮らすしかなかっ
た人たち。イエスは、そのような人たちに「あなたは完全になんかなれなくてい
い」「不完全なままでいい」「そのままで大丈夫」「神様が完全なものにしてくださ
る」と言葉で伝えるだけでなく、「誰も排除されない」「誰もがいていい」家でも地
域でもない「第三の居場所」を作り、行き場のない人たちを迎え入れたのです。
3. 分断と排除と孤立のなかで、教会は「誰もがずっといていい場所」として開か
れ、行き場を喪くした人たちを受け止める身構えが出来ているでしょうか。

2026年4月12日日曜日

2026年 4月19日(日) 礼拝ライブ配信

復活節第3主日礼拝  

時間:10時30分~
場所:泉北ニュータウン教会礼拝堂 

 

説教= 「逆 転」    
吉村厚信 伝道師

聖書= ルカによる福音書24章13~35
(新共同訳 新約 101頁) 

讃美=21-333, 21-484, 21-27.      
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。

動画は1種類です。

教会のYouTubeチャンネルは、こちらのURLです。
https://www.youtube.com/@senboku.newtown.church
※原則、ライブ中継のみとなります。当日用の新しいURLは、こちらのホームページの説教のページに、その都度掲載してまいります。よろしくお願いいたします。


礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致します。

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【説教要旨】        

今週とても悲しい出来事を私たちは報道で知りました。京南丹市の男児遺棄事件、犯人は亡くなった安藤結希さんの父親でした。何故その命まで奪うことしか選択肢がなかったのか、何故そのように考えて実行してしまったのか、理解に苦しみます。その理由、わたしの愚息(息子)がステップファミリーだからです。お話は控えますがそのうちの一人は足が不自由、今の私の車は福祉車両仕様になっています。「いのちの大切さ」を思うとき、何故将来のある子供に手をかけてしまったか、この犯人の動向を静かに見守りたいと思います。今回の御言葉の箇所、「マリアの賛歌」としてマリアが天使から「受胎告知」を告げられ、神を讃美する場面から始まっています。46節、47節、註解書によれば、この部分はサムエル記上の「ハンナの歌」に酷似しています。この箇所多くの牧師説教に登場してきた箇所ではないでしょう。「ルカ福音書」のこの箇所の賛歌はユダヤ人キリスト者によって採用されたとされています。そのユダヤ人キリスト者は清貧精神を持っていたとされています。(旧約聖書「サムエル記上」2:1-10の箇所は神から与えられた子宝に対して感謝の喜びを表しています。)48節の「神の恵み」を頂く、「自らを主のはしため」として、前段38節のマリアの天使への言葉、「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身になりますように。」マリアは若く貧しい女性でしたが神に選ばれて処女降臨という壮大な神の御計画、そして身分が低くても神は必ず恵みを頂けるのだ、ということを連想します。51-53節、この箇所は神による「人の運命逆転」を表すイエス様の説教にはたくさん出てきます。ひとはどんな境遇の人であろうと神との関わりが出来た時その人がどれほど小さくても神から力を与えられ強くされます。マリアは神からの憐れみを受け容れるその覚悟と全く神を信じるその「信仰」によって神からの力がおおきく働くとこの箇所は教えています。イエス様の誕生そのものが馬小屋で生まれる、劣悪な環境と言ってもよい最も低くされた場所、イエス様は様々な奇跡を起こし十字架に架かる、まさに「清貧イエス様の運命」をそのまま表しています。この箇所の中心は人間には神の力によって「逆転する」ことが起こる、そこに「恵みがある」と言うことです。「弱さ」は「強さ」との二律背反、です。ひとは、「力」や「財産」や「地位」を求めれば私利私欲に溺れて最後は何も見えなくなるのではないか、だから「神とともに生きることを求めて行かねばならない」ことを聖書は教えてくれていると思います。註解書では「旧約聖書サムエル記上」と同じく「サムエル記下」でも『「神によるひとの運命的な逆転』」を記しています。それは社会の中で低い場所に置かれた人びとは神の力によって大きくされ、世界の中心に置かれると聖書では言っています。そこに実はキリストがおられるのだ、といっています。


しかし、私たちには必ず注意が必要です。貧しい者からと富める者への逆転は神がなさること、人間の力でその逆転を期待し実現することは、あくまで人間の欲であり、危険な状況を作り出す場合があるということです。神の力によって逆転が起こりひっくり返るときがくる、すると相手に対して一種の「復讐」に似た思いが「罪」(原罪)としてでてきます。


本当の「逆転」は起こってしまっては遅いのです。「神が裁きを起こす」そのことに身を委ねるしかよく見極め真摯に対応するしかないのです。Co2削減に反対する新興国からの地球温暖化問題、ロシアのウクライナに対する「特別軍事作戦」、もう4年を優に越えました。パレスチナ「ガザ地区」へのイスラエルの攻撃、今まで「弱い」とされてきた立場の人間が立ち回ると必ず「いびつ」に逆転してはいないでしょうか。 逆転が更なる不幸な状態を作り出してはいないでしょうか。この「逆転」は神さましか出来ないということを本当に真摯に受け止めていくことがこれからに向けて最も必要なことではないかと思います。


2026年4月5日日曜日

2026年 4月12日(日) 礼拝 ライブ配信

 復活節第2主日礼拝  

時間:10時30分~
場所:泉北ニュータウン教会礼拝堂 


説教= 「エマオ」    
吉村厚信 伝道師
 
吉村厚信伝道師

聖書= ルカによる福音書24章13~35
(新共同訳 新約160~161) 

讃美=21-326, 21-484, 21-27.      
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。
 
当日の礼拝風景
動画は1種類です。
教会のYouTubeチャンネルは、こちらのURLです。
https://www.youtube.com/@senboku.newtown.church
※原則、ライブ中継のみとなります。当日用の新しいURLは、こちらのホームページの説教のページに、その都度掲載してまいります。よろしくお願いいたします。


礼拝当日、10時30分より
礼拝のライブ配信を致します。

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【説教要旨】
 改めてイースターおめでとうございます。今日の聖書箇所、「エマオ」は地名でエルサレムから60スタディオン、約12km離れた村になります。そして地図上で「エマオ」から東南東に進むと今のイスラエルが攻撃している「ガザ地区」、そのような地理を想像してみましょう。この箇所はある意味で復活の「イエス様」を認めなければイエス様の受難と復活の意味は分からないことが大きなテーマです。私たちは日常イエス様の行いや教えを理解しているでしょうか。キリスト教の最も大切なイエス様を信仰し自分を愛するように隣人を愛することですが、私たちの行動は伴っているのでしょうか。「ガザ地区」の惨状はテレビやインターネットの報道で情報を得ることが出来ます。アラブ人とユダヤ人が共生する地域だったガザが、イスラエル建国のあとアラブ人の生命危機まで追い詰められて歴史が全く変わろうとしています。イエス様が十字架の刑に処せられた、そしてイエス様の墓は空だったその一部始終、復活したイエス様がともに居るこの二人の弟子たちの心の目が遮られた、イエス様の本当の意味を分りませんでした。弟子のひとりクレオパがその出来事を話していき「行いにも言葉にも力のある預言者だった」とイエス様に告げます。「言葉と行い」ではない「行いと言葉」の順に「祈りと共に行動することが大事」ではないでしょうか。この弟子たちはイエス様の旅が受難死を方向付けされていたことが分らずイエス様御自身が説明していきます。そしてイエス様はエマオから先を目指そうとされます。イエス様にとってエマオは目的地ではなく通過点だというのです。そして食事の時にパンを裂きます。「復活」は「パンを裂く行為」に準じて復活者と聖餐式の関係を聖書は明記しています。ときに弟子たちはその旅人が「イエス様」と認識した瞬間イエス様は消えてしまいます。弟子たちは「イエスがともに居てくださることが分かった」、イエスが生きておられる、即ち「復活」が分かったというのです。このことは二人の弟子たち同様に私たちにも「真理」ではないでしょうか。本日の箇所では二つのことを教えてくれています。ひとつは人間の目にはイエス様はみえない、でもそのことを覚え真摯に毎日を過ごす、神様は必ず傍に寄り添って下さるのではないでしょうか。もうひとつはイエス様にとって「エマオ」は目的の場所ではない、つまり終点ではないということです。肉体は無くなってもその先がある「大きな希望」ではないでしょうか。就労支援活動で介護施設清掃を行っていますがご入居者の中でおひとり気になるご婦人がおられます。ご入居者Tさんは私が就労援御利用者の掃除を見守りしていると私の手を握られ、「あったかいねえ」と仰いそしてどこかへ私を連れ出そうとされます。わたしには何かこの方若い時に一生懸命に「働いて」おられた、だからいま神様からの祝福があって当然ではないか、と思う瞬間がありました。神さまはこの方に寄り添っていてくれる、とこの方ご自身が何か一瞬「感覚的におられることが分かる」のはないでしょうか。