2019年7月28日日曜日

2019年7月28日(日) 説教

ルカによる福音書7章36~39節
「キリストが借入金を免除するとき」
説教:稲山聖修牧師
『ルカによる福音書』では、時に対立するファリサイ派とイエス・キリストは三度も食卓をともにする。まずは本日の箇所と、第二にはキリストが食卓につく前に身を清めなかったことに端を発する論争が繰り広げられる11章37節以降、そして第三には14章1節以降の物語。それぞれが独自の解き明かしの可能性をもちつつ、宴席が設けられた理由、そしてキリストがその招きを受けたわけを考えずにはおれない。ファリサイ派の招待に関する三つの物語のうち、第一の物語と第三の物語には、その場には社会の片隅に佇むように強いられていた人々が、ファリサイ派という別格の立場にある人々と対比されて描かれる。
本日の物語で登場するファリサイ派の人物には名前がキリストから呼ばれる。今日の箇所に続く40節ではシモンと称される。某かの面識はあるという具合で、何のためにキリストを食卓に招いたのか今一つ測りかねる。しかしキリストとのやりとりを見るに、礼を尽くしてもてなしたとは言い難いところが、もう一人の重要人物である「罪深い女性」と対比されて明らかになる。
女性がなぜ「罪深い」と見なされたのかは本日の箇所には直接には記されない。可能性としては「穢れた女性」「賤業に就いていた女性」の場合もありうる。けれども書き手は要らぬ詮索をせず、その女性の振る舞いのみを記す。女性は香油の入った石膏の壺を持ってきて部屋にいるキリストに後ろから近より、その足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、その足に接吻をしながら香油を塗った。当時の宴席では、今日とは異なった姿勢で食事をする。集う人々は横になって左手で頭を支えながら、右手を使って料理に手を伸ばした。足は投げ出されたままだ。そのような姿勢で集う人々が食事を囲む中でキリストの足を涙で濡らし、接吻しながら髪の毛でぬぐい香油を塗る振る舞い。この女性の振る舞いはあまりにも唐突で、シモンはこの女性を認めない。

けれどもキリストはこの女性の振る舞いを通してファリサイ派のシモンを諫める。その際に引き合いに出すのが、有り体に言うならば借金の譬えだ。潔癖なファリサイ派の望む話題ではない。けれどもキリストは決して躊躇しない。この話はシモンだけにではなく、涙しながら香油を塗った女性にも向けられているからだ。
「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。一人は500デナリオン、もう一人は50デナリオンである。二人には返す金がなかったので、金貸しは両方の借金を帳消しにしてやった。二人のうち、どちらが多くその金貸しを愛するだろうか」。福音書の世界で「金貸し」は賤業であったという。つまりキリストは、自らを賤業に従事する者に重ねてシモンを諫める。返済能力を失い資金繰りに焦げついたときに、借入金を免除された場合、人はどう思うか。宴席にいた人々には縁遠い話かも知れないが、その場で言葉もなく涙する女性の日常にはしみとおる言葉。シモンもまた「帳消しにしてもらった額の多い方だと思います」と答える。キリストはただ頷くだけでなく、女性を振り向いて「この人を見よ」と語る。キリストの言葉は、物語に登場する女性だけに絞り込まれるだけでなく、普遍的な広がりを伴っている。続く具体的な諫めからは、シモンのキリストへの接し方が分かる。「わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足を濡らし、髪の毛でぬぐってくれた。あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入ってきてから、わたしの足に接吻してやまなかった。あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。だから言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない」。そしてキリストは女性に「あなたの罪は赦された」といわれた。ファリサイ派には女性の振る舞いは眉をひそめずにはおれないほど艶やかにすら映ったかもしれないが、イエス・キリストの赦しと癒しとは、人間の身体性や具体的な生活と不可分にはされない。実に目線が低いのだ。
わたしたちも多くの人々から赦され、今を生かされている。イエス・キリストを通して明らかにされた神の愛の力であるところの聖霊のわざを通して、わたしたちは債務を免除されるどころか、人としての過ちや損失を補填さえされている。しがみつく傲慢さから手を離し、神への債務を補填してくださるキリストに自らを委ねよう。

2019年7月21日日曜日

2019年7月21日(日) 説教

ルカによる福音書7章11~17節
「もう泣かなくても、よい」
説教:稲山聖修牧師

ローマ帝国の下級将校の部下を癒した後、キリストはナインという町を訪れた。サマリアとデカポリスとガリラヤの境目にあたる場所。イエス・キリストがこの町の門に近づいた折、ちょうどある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところであった。
ところでユダヤ教の誡めの大全である『律法(トーラー)』を構成する『申命記』には、若者の権利を守る誡めを見ることができる。その24章5節では「人が新妻をめとったならば、兵役に服さず、いかなる公務も課せられず、一年間は自分の家のためにすべてを免除される。彼は、めとった妻を喜ばせねばならない」とある。『申命記』では、当然のこととして、本人の意志や事情を問うことなくこの規定が適用される。兵役に服してはならず、公務も免除されなくてはならない。何よりもそれは伴侶たる女性が常に笑顔でいるために、である。実はそれほど、高齢者に限らず若者も、とりわけ子育て世代も『律法』では大切にされていた。
けれどもキリストが出会ったのは、そのような陽の当たる場にいる人々ではない。母親はやもめであり、町の人が大勢そばに付き添っていた、とある。母子家庭の中で懸命に育ててきたわが子が急逝した。全てを投げうって育ててきた母親には、あまりにもという出来事。
その現場を目の当たりにしてイエス・キリストは「憐れに思い、『もう泣かなくてもよい』と言われた」。泣くどころか、母親は悲しみの余り涙さえ涸れ果てていたであろう。けれどもイエス・キリストは「もう泣かなくてもよい」と語りかける。「憐れに思う」とは、ただ同情するのではなく、この女性の痛みをともにすることであり、それは十字架でのイエス・キリストの苦しみに重なる。「町の人が大勢そばに付き添っていた」とあるように、誰もこの若者の逝去の責任を問わず、詮索もしない。ごく短い箇所でありながら、実に成熟した社会が描かれる。そしてイエス・キリストは棺に手を触れて担ぎ出されるその歩みを止め「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と語る。すると、死人は起き上がってものを言い始めた。絶たれたと思われていたいのちが新たに輝き始めただけでなく、やもめの悲しみも癒されていく。しかしこの話を単なる「奇跡物語」を越えた証言として受けとめるためには、聖書の終末論的視点を忘れるわけにはいかない。神の愛の勝利がこの世の悲しみ全てに打ち勝つとき、不可能は不可能でなくなるという希望が備えられる。

イスラエルの民にとって最も悲しむべきは、身体の滅びではない。悲しむべきは記憶から忘れ去られていくこと、初めからなかったことのように扱われることだ。この若者の記憶は、キリストが棺に手を触れたことによって、人々の胸に深く刻みつけられた。そして同時にこの物語は『ルカによる福音書』が献げられたローマ帝国の支配階級に向けて、重大な問いを投げかけている。それは政治的にも軍事的にも支配下にある小さな町にあって、「死」に「いのち」が勝利するという希望が描かれるところにある。軍事力があれば何でも出来るのか。政治力があれば何でも出来るのか。経済力があれば何でも出来るのか。それではあなたがたは、死人を復活させることができるか、そしていのちが死によって終わりを告げるのではなくて、死もまたいのちの一部に過ぎないと確信できているのか。この問いかけが支配階級に剛速球のごとく投げつけられる。
福音書の描く世界は、決して自己責任や関係喪失の世界に、人をぽつねんと置き去りにはしない。現代を冷静に眺めると、物作りや日々の糧を授かるわざ、あるいは人々のコミュニケーションの可能性を広げるわざ、人を育むわざや癒すわざとは無関係に、お金が左から右へ、右から左へと動かしていく仕組みがより巧みになりつつある。けれどもその中に、神の愛の一滴がなければ、やもめの流した涙一滴に魂を揺り動かされる思いがなければ、何のために生きているのか分からなくなってしまう。「イエス・キリストはこの母親を見て憐れに思い、『もう泣かなくてもよい』と言われた。そして近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人は立ち止まった」。弔いへと急ぐ人を立ち止まらせたのは、イエス・キリストが自らの苦難と死の果てに顕わした復活の光であった。やもめの涙を拭う社会を作り出すわざもまた、わたしたちの重大な証しであり、神から委託された権利である。

2019年7月14日日曜日

2019年7月14日(日) 説教

ルカによる福音書17章11~19節
「ありがとう、というために」
説教:稲山聖修牧師 

本日の『ルカによる福音書』では、ローマ帝国の分断統治を前提にした上で、イエス・キリストの癒しの物語が記される。それは次のような次第。すなわち「イエス・キリストがエルサレムに上る途中、サマリアとガリラヤの間を通られた」。エルサレムを見つめながら暮らす人々にとって、ガリラヤ地方は異邦人やサマリア人の間にある飛び地のような地域として映る。そのような地域に生きるユダヤ人の中には選民意識の強い人々もいたであろう。そのような中で「ある村に入ると、重い皮膚病を患っている十人の人が出迎え、遠くの方に立ち止まったまま、声を張り上げて、『イエス様、先生、どうかわたしたちを憐れんでください』」といったとある。『マルコによる福音書』1章40節ではイエス・キリストのもとに跪いて癒しを乞い願った同じ病の人が描かれるが、『ルカによる福音書』では「遠くの方に立ち止まったまま」である。実はこちらの方が、ユダヤ教の誡めに適った立ち振る舞いだ。ギリシア語で「レプラ」、口語訳聖書では「らい病」と訳された病に罹患した人々は、その身と病が穢れているという理由で、一般の人々には近寄ることもできず、道行くときも自ら病状を叫びながら歩かずにはおれなかった。だから今朝の箇所では「祭司たちのところに行って、体を見せなさい」というだけである。この言葉だけでこの十人は清められ、癒されたのだが、実はこの箇所、癒しのわざそのものは物語の中心にはなってはいない。焦点は、むしろ癒された人々各々の、その後の態度である。
「その中の一人は、自分が癒されたのを知って、大声で神を讃美しながら戻って来た」。病を癒され、神を讃えながらイエス・キリストのもとに戻ってきたのは誰であったのか。そして、イエスの足元にひれ伏して感謝したのは誰であったのか。その人はサマリア人であった、と『ルカによる福音書』の書き手は記す。イエス・キリストの癒しの恵みは、十人に等しく注がれたはず。けれども「ありがとう」というために戻ってきたのはたった一人。それはユダヤ社会からは疎外されていたサマリア人だった。イエス・キリストは問いかける。「清くされたのは十人ではなかったか。ほかの九人はどこにいるのか。この外国人のほかに、神を讃美するために戻って来た者はいないのか」。なぜほかの九人は戻ってこなかったのだろうか。祭司たちの前で病の癒しを証言したのは誰かを考えれば、解釈の幅が広がる。この祭司はユダヤ教の祭司である。そして十人は「イエス様、先生」と呼びかけた。この呼びかけに解き明かしの鍵が隠されているかも知れない。誡めに忠実であったところの九人は、祭司に「先生」すなわち「ラビ」に癒してもらったとの証言が可能となる。そのわざに賛否両論あるイエス・キリストに癒されたとはいわなかったかも知れない。しかもそれが、ローマ帝国の分断統治の中で関わりを絶っていたはずのサマリア人とともに癒された、とあればなおさらだ。他の九人は社会から排除される病が癒されたとしても、他者を排除する態度からは決して自由ではない。だからイエス・キリストの名も、その関わりも公にはせずに姿を消していく。重い皮膚病を癒すわざをもってしても治癒できない病がここに隠されている。他方でユダヤ人の集落からは排除され、穢れていると見なされていたサマリア人は、神を讃え、喜びながらイエス・キリストのもとに戻り、跪いて感謝する。彼は「ありがとう」というために、戻ってきた。キリストのもとに戻ってきたのは十分の一。この十分の一であるサマリア人が、初代教会の礼拝のモデルを構成しているといえないだろうか。初代教会の課題と、礼拝出席者の「数」をつい気にしがちな、わたしたちの課題が重なるところだ。



それでは他の九人が、より深い病であるところの憎しみや独善から救われるのは「主よ、いつなのですか」とわたしたちは問わずにはおれない。「主よ、いつなのですか」。幾年にもわたり各々奉仕を続け交わりを深めた人々は多いのにも拘らず、人に過ぎないわたしたちにではなく、主なる神に感謝してくださる日は「主よ、いつなのですか」。それは、イエス・キリストの味わった苦難と十字架での死にいたるまでの苦しみによって深く身も心も癒され、ともに重荷を担う者を気づかされる時である。イエス・キリストの復活の光は、十字架の苦しみと死の痛ましさを「なかったこと」にはしない。むしろ困難に直面しての「死にたい」との呟きを、実は死にたいほど「生きたい」という気づきへと変える出会いと交わりをもたらす。ここに「ありがとう」というための道が整えられる。イエス・キリストの歩んだ十字架への道と死、そして復活こそが、わたしたちの生きる力の根源だ。

2019年7月7日日曜日

2019年7月7日(日) 説教

ルカによる福音書15章8~10節
「探しものは何ですか」
説教:稲山聖修牧師

ローマ帝国の支配下、古代ユダヤ教で相応の役割を担った人々から本来の使命感が失われる中で、放置されていたのは「徴税人や罪人」と呼ばれる人々だ。旧約聖書に記された預言者の言葉や律法は、そのような立場の人々には、本来は慰めと癒し、そして励ましの言葉として響くはずだった。預言者や律法に忠実な者が激しく迫るのは、目先の権力や繁栄に溺れて、貧しい人々を虐げても良心の呵責を感じない者であり、決して疎外されたままの人々や、職業身分としての賤業に従事する者に対してではない。しかし福音書に描かれるファリサイ派や律法学者らの非難は、時としてその時代の弱者へと向けられていく。それでもなお、どのような眼差しでさえも顧みずに徴税人や罪人がイエス・キリストのもとに集まってきたのには、地位や身分ある人々には推し量ることのできない重荷を抱えていたからだろう。

イエス・キリストは罪人や賤業にある人々と実に深い関わりをもっていた。その上でイエス・キリストは次の譬えを語る。まずはよく知られている一匹の羊を探す羊飼いの譬え。そして次の譬えだ。「ドラクメ銀貨を十枚持っている女性がいて、その一枚を無くしたとすれば、ともし火をつけ、家を掃き、見つけるまで念を入れて捜さないだろうか。そして、見つけたら、友達や近所の女性を呼び集めて、『無くした銀貨を見つけましたから、一緒に喜んでください』と言うだろう」。罪人の悔い改めの喜びを、無くしたドラクメ銀貨に重ねるなど言語道断だとファリサイ派や律法学者は思ったことだろう。ドラクメ銀貨は異邦であるギリシアの通貨であるだけでなく、譬え話そのものも、極めて世俗的な物語だからだ。けれどもイエス・キリストはこの譬えを語って憚らない。
 思うに、この一連の罪人の悔い改めをめぐる譬え話は、本来はキリストと食卓をともにした、徴税人や罪人に向けられていると考えれば納得がいく。徴税人の生業は、ローマ帝国への納税金を徴収するというわざであり、貨幣とは不可分であるからだ。
 そうだとするとイエス・キリストは、新共同訳聖書の小見出しを用いるならば「見失った羊」の譬えと「失くした銀貨」の譬えを両方用いて、罪人の悔い改めを心から喜ぶ神の天使たちの喜び、そして神自らの喜びについて、誰も排除せずに語り得たこととなる。特に「失くした銀貨」の譬えについては、銀貨を失くしたのは誰かという、この女性自らの過失もまた同時に問われる。さらにはドラクメ銀貨一枚の値打ちが分からなければ、女性の狼狽ぶりについては想像しがたい。実のところ、その金額の価値は、1デナリオンと同じく、一日の日当分にあたるからだ。徴税人や罪人の暮しに歩み寄った譬え話は、この「失くした銀貨」の譬えではなかったか。

 この二つの譬え話に共通するのは、数として計上するならば、たとえ羊を見つけたところで本来の頭数に戻るだけであり、ドラクメ銀貨の場合でも金額が増えるわけでもないところ。つまり、見つけた者が具体的に何か得をするという譬え話ではないのである。しかし、そんな「お得な話」よりももっと重要な事柄があるとイエス・キリストは語る。それは、見失った羊を見つけた喜びであり、そして家捜しして失くしたはずの1ドラクメ銀貨を見つけた喜びである。この譬えを呼び水にして、神の備えた道から外れていた人々が、再び神のもとに立ち返る姿を喜ぶ天使の姿を、キリストは語る。
 わたしたちは教会の頭であるイエス・キリストに根を降ろしながら、各々遣わされたところでの働きを担っている。綺麗事では決して片づけられない各々の現場では、時として自ら担うべき責任を他人に転嫁したり、他人に八つ当たりする態度のとばっちりを受けるばかりでなく、納得できないまま命じられた仕事に従事せざるを得ない場合もある。呟きや嘆きが口にのぼったとき、暴力的な態度によって自分を見失ったとき、わたしたちはイエス・キリストに示された主の平安を見失い、心ない言葉ばかりに気を取られてしまう。しかし、実はそのときに、失くしたはずの銀貨や見失った羊は、実は「ないないない」と狼狽えたり、家捜ししているわたしたちの視界や手の中に、しっかりと捉えられているのではないだろうか。刀の錆びにもならぬ、1ドラクメの値打ちもない言葉に臆してはならない。なぜならわたしたちは、イエス・キリストに探し出され、見出された者なのだから。

2019年6月30日日曜日

2019年6月30日(日) 説教

ルカによる福音書8章40~42節
「折り重なるキリストの癒し」
説教:稲山聖修牧師

 ユダヤ教のシナゴーグ(会堂)の管理をし、礼拝に責任を負うのが会堂長。会堂長は礼拝全体のコーディネーターでもあり、相応の責任と地位にある。ところで、会堂長ヤイロの娘は死にかけていた。瀕死の具合であった。
この「死にかけている」という言葉は、福音書では人間の限界状況とともに、イエス・キリストとの決定的かつ深い出会いの兆しを示す。けれどもわたしたちには、正直にいえば、このようなところにおかれるのはご免だ。だからこそヤイロはひれ伏し、娘のためにキリストに来て欲しいと願うほかなかった。実はこの話だけで癒しの物語は充分成立するはずなのだ。しかし、今朝の箇所ではヤイロの願いとは異なる、思わぬ事態が起きる。
われ知らず、ヤイロの道中に割り込むようにしてイエス・キリストを求めてきた女性は、12年間出血が止まらない病に苦しめられてきた。いのちを身籠るという、その時代の女性に課せられ、また神の祝福としても受けとめられたわざから、この無名の女性は遠く離れていた。そればかりではない。女性は治療に財産を用いた結果、何もかも失ってしまった。暮しも、愛する人も、そして地位も。ヤイロとは全く異なる暗夜を彷徨うこの女性もまた「死にかけていた」。家族も兄弟も隣人も描かれないこの人は、だからこそイエス・キリストを求めずにはおれなかった。彼女の手がキリストの衣に触れたとき「死にかけていた」女性の歩みが変貌する。出血が直ちに止まる、つまり長患いが治るという出来事が起きる。キリスト自らも「わたしに触れたのは誰か」と問うばかりだ。そしてやがてヤイロの家への歩みを留めてしまう。癒された女性は震えながらも公に自らのライフストーリーを語る。その話の合間にキリストは「娘よ、あなたの信仰があなたを救ったのだ、安心して行きなさい」と祝福する。イエス・キリストが、この女性に「娘よ」と語りかけているところは注目すべきだ。12年間出血に苦しめられてきた女性が、この時代でいうところの「娘」に該当するはずがない。「女よ」という表現が適切なところ。けれども「娘よ」とキリストは語る。この言葉の示すところとは何か。病の中で失った人生の可能性でさえ、無名の女性はキリストから授けられたと考えても過分ではないはずだ。
ただしヤイロにとってこのやりとりは、愛娘のいのちとりとなる時間の浪費。おそらくヤイロは思っただろう。キリストにはこの女性を「見ない振りをして」欲しかったと。先約を入れたのは他でもなくヤイロなのだ。


案の定「お嬢さんは息をひきとった」との報が、自宅からの使者からもたらされる。キリストの「恐れることはない。ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる」との言葉が虚ろに響いたとしても誰も非難しないはずだ。けれどもイエス・キリストは、ヤイロやわたしたちには隠された仕方で、娘の救いの確かさを語る。「ただ信じなさい。そうすれば、娘は救われる」。「信じる者は救われる」という安易な言葉ではない。実は「ただ信じて、そして救われた娘」のモデルとして、あの無名の女性が立っているのだ。
「イエスはその家に着くと、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、そして娘の父母(すなわちヤイロとその伴侶)のほかには、だれも一緒に入ることをお許しにはならなかった」とある。それはなぜか。12年間苦しみぬいた末に病を癒されたあの女性が癒しを公言したのとは異なり、ヤイロの娘の癒しは秘義とされるからだ。癒しのわざの両義性が際立つ。人々の嘲笑の中、イエス・キリストは娘の手を取り「娘よ、起きなさい」と呼びかける。「娘はその霊が戻って、すぐに起き上がった。イエスは、食べ物を与えるようにと指図をされた」。あり得ないことが起きた。この展開からは、ヤイロの焦燥や焦り、そして苛立ちの中にも神の愛の力、すなわち聖霊の働きが及んだこと、また娘の癒しの十全さには、キリストの十字架の死と復活が重ねられているようにも映る。


律法として尊ばれた旧約聖書『申命記』22章には「同胞の牛また羊が迷っているのを見て、見ない振りをしてはならない。必ず同胞のもとに連れ返さねばならない」との誡めが記される。わたしたちは、いのちや未来と関わる肝心な事柄に「見ない振りをして」ばかりいる。しかし、ヤイロの娘の12年間の生涯は、女性が病で苦しんだ12年でもあるという同時進行の出来事でもある。神の約束は実現する。折り重なるキリストの癒しは、人の思いを越え、隠された神の愛のわざの結晶だ。キリストの「恐れることはない」との言葉を胸に刻みたい。

2019年6月23日日曜日

2019年6月23日(日) 説教

ルカによる福音書14章15~20節
「神の祝宴への招き」
説教:稲山聖修牧師 
 新共同訳聖書には『「大宴会」のたとえ』との小見出しがあるが、実のところ今朝の箇所は14章の冒頭から始まる物語の一場面である。それは安息日にイエス・キリストが食事のためにファリサイ派のある議員の家を訪ねたとの記事だ。安息日にキリストを招いたファリサイ派の議員の真意は、キリストの教えとわざに深い共鳴を覚え、もてなしの意味も兼ねての招待か、あるいは論争の場に誘い込むつもりだったのかは不透明だ。ある者はキリストのわざと言葉に耳を傾け向き合おうとし、ある者はそのさまに咎め立ての材料を見出そうとしていたことだろう。確かに安息日の食卓ではあったとしても、この世的な緊張感をあらゆるところに見て取れる。
 イエス・キリストは、その場にいた水腫を患う人との関わりから「安息日に病気を治すことは律法で許されているか、いないか」と問う。律法の専門家やファリサイ派はその場で沈黙するばかり。これは実に不思議だ。その患者がファリサイ派の議員の関係者であるかもしれないのに何を恐れているというのだろうか。患者が癒された後も、その問いかけに答えることができなかった律法学者は、その社会的立場に反して実に無力であることを露わにされたようなものだ。次にキリストは「だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる」と神と隣人の前での謙遜を、下座に座った客が上座に招かれるとの譬えを用いて、分かりやすく説く。

 食卓を囲むキリストの譬え話は留まるところを知らない。さらには招いたファリサイ派の議員にも語りかける。「昼食や夕食の会を催すときには、友人も、兄弟も、親類も、近所の金持ちも呼んではならない」。政治家のパーティーが吹き飛ぶような発言ではあるが、キリストが招くようにと語るのは、第一には「貧しい人、身体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人」である。なぜならキリストによれば、この人たちはお返しができない、すなわち宴会の開催者は対価や利益に代わって、招かれた人々に仕えるという一点に集中できるのであるからして、これは神に祝福されたわざであり、神の愛の支配を指し示すわざとなるからである。
さてこのやりとりを聞きながら食事をともにしていた客の一人は譬えの真意を聴きとり、感嘆して「神の国で食事をする人は、なんと幸いなことでしょう」と語る。これに対するキリストの答え。「ある人が盛大な宴会を催そうとして、大勢の人を招き、宴会の時刻になったので、下僕を送り、招いておいた人々に、『もう用意ができましたから、おいでください』と言わせた」。招きの声は確かに響いた。けれども実際に起きたのはどのような事態かといえばドタキャンの連続。その理由には裕福さに溢れた言葉ばかり続く。だからこそ、少し視点を変えれば都合をつけられたのにも拘らず、優先順位を違えてしまう。各々の自己都合のすり合せではなく、主催者の一方的な招きによって宴は催される。その招きに応える態度への呼びかけが、先ほどの下座から上座への招きの譬えと重なって、当時のローマ帝国の市民にも教会にも響いたことだろう。
 それでは宴会の主催者である家の主人はどうしたか。「急いで町の広場や路地へ出て行き、貧しい人、身体の不自由な人、目の見えない人、足の不自由な人をこの宴の座に連れてこい」という。さらには「ご主人様、仰せの通りにいたしましたが、まだ席があります」と下僕が申告すると、「通りや小道に出て行き、無理にでも人々を連れて来て、この家をいっぱいにしてくれ。言っておくが、あの招かれた人たちの中で、わたしの食事を味わう者は一人もいない」。宴の主催者の態度は実に毅然としている。ただし、この箇所で聞き漏らしてはいけないのは、ドタキャンをした人々の列席を拒む家の主人に重ねられた主なる神と、あれやこれやと理由をつけて断った結果、退けられていった人々の関わりは、まだ絶ち切られてはいないという点だ。これこそがわたしたちが聞き漏らしがちで重大な一点だ。主なる神と、退けられていった人々の関係が、イエス・キリストによって執り成される。世の人々が誰が描いたのかも分からない美食を求めるような暮しには、実のところ深い病が隠されていたことが明るみに出される現在、教会の交わりは輝きを増している。神の招きの尊さを疎かにしない、祝宴への出席を呼びかける下僕として、わたしたちは公共性を伴う、尊い役割を授かっているのである。

2019年6月16日日曜日

2019年6月16日(日) 説教

ルカによる福音書10章17~20節
「天に名を刻まれる喜び」
稲山聖修牧師

 本日の聖書の箇所を丹念に味わおうとするのであれば、10章初めに記された、イエス・キリストが72名の無名の弟子を全ての町や村に二人ずつ先に遣わされたとの記事を無視できない。キリストは人としての欠けを補い合うという着想を重んじる。だから決して単独では用いない。しかもその際に10章1~10節では宣教の道筋を弟子に丸投げせず具体的に語っている。
この箇所にあるイエス・キリストの派遣の次第をまとめる。すなわち一切手ずからの財産を持って行くなという禁止命令から始まる。キリストの代理として派遣されるからには、徹底して無力なあり方に留まれとの命令だ。その中で「だれにも挨拶をするな」とは、相応の旅支度をして道行く者に物欲しげなそぶりをみせるなということでもあるだろう。迎え入れてくれる家があれば「この家に平和があるように」、すなわち戦時間平和とは異なるところの神の平和である「シャーローム」との挨拶を交わしなさいとある。迎え入れてくれた家であるからには、キリストの弟子であり、神の愛の証人であることを信頼しているはずだから、家を転々とせずに腰を据えて留まれという。弟子の養いは金銭ではなくて滞在先で提供される食べ物・飲み物。その家を宣教の拠点として、神の愛の力による支配が今まさに近づいているというメッセージを語れ、というのだ。


それでは72人の弟子がキリストに派遣された後に授かった実りとは何か。「72人は喜んで帰ってきて、こう言った。『主よ、お名前を使うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します』」。今朝の聖書箇所では、よく言われる12弟子に較べればかなりの弟子がいて、その弟子たちがすべてキリストの公認のもとで、本来キリストがなすべきわざを行い、その実りに喜んでいる様子がありありと浮かぶ。ただし、少しばかり気になる箇所も描かれる。それは「イエスは言われた。『わたしは、サタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていた。蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を、わたしはあなたがたに授けた。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つない』」。神との関わりを絶とうとするサタンが、天にいるというのは奇妙だ。本来ならばそこは父なる神のいます場であり、天使のいる場所であるはずなのだ。
思うにその姿には、さまざまな手練手管をもって初代教会を苛み、翻弄したところの世にある権力が重ねられないだろうか。自らの力によって、自らにひれ伏させようとする者が『ルカによる福音書』の記された世にあるローマ帝国にいたとしても、それは少しもおかしくはない。「狼の群れの中に小羊を送るようなものだ」とあるように、弟子はほぼ丸腰といってよい。果たしてどのような力でもって弟子は世の権力を屈服させたというのか。

その一つには、キリストの名によってとことん相手を侮らせるということもあっただろう。丸腰同然の弟子がたったひとつだけ失わなかったのは、イエス・キリストの名であった。イエス・キリストの名のもとに、72人の弟子は、簒奪ではなく献げるわざを、支配ではなく仕えるわざを、威圧や脅迫ではなく「この家に平和がありますように」との挨拶によって、癒しのわざを行ない、神の国の訪れを伝えた。力あるものをとことん侮らせ、かの者たちが恥じ入るところの弱さにこそ、神の愛の力であるところの聖霊が宿ることを実証した。だからこそ、弟子を誡めて「悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろあなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」と語りながらも、21節では「そのとき、イエスは聖霊によって喜びにあふれた」とあるように喜びを隠せない。
ローマ帝国の支配を前提にした『ルカによる福音書』は、その支配に内在する屈折や破れから決して目を離そうとはしない。けれどもそのような亀裂の中で丸腰同然で生きていかずにはおれなかった人々を、イエス・キリストは導き出し、御自身が本来なすべき役割を委託し、その実りに喜びを隠さなかった。主なる神のおられるところは、主なる神のおられるところであって、神や隣人、キリストを試みる者たちのいる場所ではないことを、世にあっては丸腰で無名の人々が証明した。天に刻まれる無名の人々の名前は、決して消え去ることはないのだ。