「恐れることはない」
ルカによる福音書5章1節~9節
説教:稲山聖修牧師
ゲネサレト湖はローマ帝国の時代には海運のために利用される他には重要な意味はなかったという。漁師たちは夜中に舟でかがり火を焚いては網を投げる。五千人の人々に分けた食事が肉ではなく、二匹の魚と五つのパンであったことを考えれば、人々の日常のつましい食卓が、まさに漁師の働きにかかっていたといえる。しかし、それは漁獲量がたとえ多かったとしても決して贅沢な暮らしはできないことを意味してもいた。ローマ帝国がもたらした、軍事力と経済力に基づいたグローバリズムから取り残された地域がゲネサレト湖周辺であった。
だからこそ群集は、主イエス・キリストの教えに耳を傾けるべく続々と集まった。しかしその陰で、幾分冷ややかに佇む人々の姿があった。「漁師たちは、舟からあがって網を洗っていた」。漁師たちはときおりどよめき、感銘のあまりため息をつく群衆には無関心である。イエス・キリストの言葉は漁師たちには届かない。
そのさまを知っていたのだろうか、主イエスは別段命令するわけではなく、実に腰を低くして、岸辺から少しばかり離れるようにと漁師に頼み込む。漁師の一人の名はシモン。学のある者とは程遠い一介の生活者に過ぎない。舟に乗ったイエス・キリストは群集に座ったままで話をした後に、シモンに語りかける。「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」。シモンは答える。「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした」。「先生」とは皮肉だったのかもしれない。漁師が網を洗うとき、そこには棒切れが絡まり、網は幾重にも絡まり、糸はほつれてしまっている。すべては徒労に終わった。しかもこの「先生」は、漁の時間でもない真昼間に「沖へ漕ぎ出せ」という。これはプロフェッショナルとしての漁師の仕事を軽んじたとして響いても無理からぬことだ。けれども漁師はほん少しだけ「先生」の言葉に心を開く。「しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」。その結果、網が破れそうになるほどの魚がかかった。
失意の中にあった漁師たちは、イエス・キリストの声に誘われ大漁旗を掲げることができたのだから、素直に喜んでよいことになるが、なぜかシモン・ペトロはイエス・キリストの足もとにひれ伏してしまう。「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」。ペトロはこの奇跡自体に驚いたのか。もちろんそのような読み方もあろうが、今朝は別の観点で味わいたい。
『ルカによる福音書』はローマ帝国という広大な領域を展望には置きながらも、決してイエス・キリストの受難の出来事を疎かにしてはいない。キリストの十字架と復活と埋葬、そして昇天の出来事から50年あまりの歳月を始めて成立したと言われるのがこの福音書であり、イエス・キリストがいかなる最期を迎え、その際の弟子の立ち振る舞いについても書き手はすべて知っている。ペトロは12使徒の一人。ペトロが用いていた舟とは、天気晴朗といえども風強く波の高い世の只中に浮かぶ、あまりにもか弱い教会の象徴だった。他人を救うよりも自分を救えと罵倒され、せっかく編みあげた信頼関係すら立ち行かなくなり、修復のめども立たないという有様で、誰も連なろうとしない。「魚」は「イエス・キリスト・神の・息子・救い主」という語のギリシア語の頭文字をまとめた略称であり、素朴でありながらもキリスト者としての約束を意味していた。しかし「漁師」たちの交わりには、誰も連なろうとはしない。その只中にいたペトロは、かつて鶏が鳴く前に三度主イエスとの関わりを問われては否定した過去をもつ。そのペトロに主イエスの声は世の只中に出てみよ、世の荒海の中に交わりを投じよと呼びかける。あきらめてはいけない。投げやりになってはいけない、なぜなら、わたしがいるからだ。今やペトロの強さではなく、弱さが祝福されて多くの人々の特性を結びつける力を備えられ、「恐れることはない、今から後、あなたは人間をとる漁師になる」とイエス・キリストから招かれる。「すべてを捨ててイエスに従った」。「すべてを捨てて」とは弟子たちの原点だ。原点たるキリストへの立ち返りを行えるかどうかが、教会のバイタリティーの鍵となる。「恐れることはない!」。イエス・キリストの声は、今なおわたしたちに響く。