―降誕節第9主日礼拝―
時間:10時30分~場所:泉北ニュータウン教会礼拝堂
説教=「ひもじさの中で起きた神の奇跡」
稲山聖修牧師
聖書=『ルカによる福音書』9 章 10~17 節
(新約聖書 121頁).
讃美=239,316,539.
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。
このところ幾度も寒波とも呼べる寒さがあたたかな陽射しの隙を狙うかのようにやってきます。そんな日にはうどんのような汁物が食べたくなります。幼いころ、このような日の食卓には水団が出ました。こどもの健康を慮ってか具も多かったように思います。そのような熱々の汁物を食べながら聞きかじりの知識で祖母に「昔も水団食べたの、どんな味がしたの」と尋ねますと「こんな立派なものじゃないよ」との返事。目の前のどんぶりにある水団しか知らないものですから「おいしかったの」としつこく聞くうちに、普段は温厚な祖母から震える声で「お前は本当の飢えを知らない」と叱られた記憶があります。
祖母の弟は学徒出陣でインパール作戦に従軍し、ミャンマーで戦病死したこともあってのことでしょうか、それでも外地だけの話に留まらず、内地で戦災孤児を襲った飢餓は想像を絶したと聞いています。飢餓は疫病の流行となり、戦争で親を亡くしたこどもは一方的に棒で打ちたたかれ、トラックの荷台に載せられ、檻に無理やり詰め込まれるという、今からは考えられない待遇を受けていました。飢餓が進んで盗みや略奪にも及ぶのは大人です。こどもだけを標的にした当時の国の対応には憤りを禁じ得ません。
本日の福音書の物語は、『聖書』を味わう人にとってはおなじみと言ってよい「五千人の共食(きょうしょく)」と呼ばれる物語です。この物語は『新約聖書』に納められたすべての福音書に記載されています。本日の箇所で際立つのは「群衆はそのことを知ってイエスの後を追った。イエスはこの人々を迎え、神の国について語り、治療の必要な人々をいやしておられた」との記事です。この一文だけでイエス・キリストを追いかけてきた無名の群衆の切羽詰まった具合、そしてその群衆の中には治療が必要であったのにも拘わらず、これまで諦めの中で放置されてきた人々の姿が強調されています。それにも拘わらず、ひもじさの中に置かれ、慢性化した栄養不良の中で罹患したかも知れない病を抱えながらも、人々が騒ぎを起こした様子は一切見られません。すでにこのとき、群衆は迎えるイエス・キリストを通して与えられる神の愛につつまれ、落ち着きを授かっていたのかも知れません。それではこの落ち着きに気づかず、うろたえるばかりであった者は誰かと言えば、ほかならぬ弟子達でした。9章ではイエスから「あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能を授けられた」はずの弟子たちは群衆を前にして日が傾き始めたのに気づき、イエス・キリストに耳打ちします。「群衆を解散させてください。そうすれば、周りの村や里へ行って宿をとり、食べ物を見つけるでしょう。わたしたちはこんな人里離れたところにいるのです」。弟子のささやきは、目の前の群衆をちりぢりにさせることが目的。各々事情があるにも拘わらず、宿と食べ物について関心を払おうとはしません。イエス・キリストから授けられた権能をどこへ忘れてきたというのでしょうか。群衆からすればもう二度と主イエスに会えないかも知れない中で集まっているという切迫感に全く無頓着です。だからイエスは弟子に語りかけます。「あなたがたが食べ物を与えなさい」。答えは「わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません。このすべての人々のために、わたしたちが食べ物を買いに行かないかぎり」。「買いに行かないかぎり」との言葉から分かるのは弟子が群衆の飢えを満たすのは、結局はお金であるとの錯覚に囚われているところです。お金がないということと、食べ物がないという事態は似て非なるところがあります。いくらお金があったところで食べ物がなければ身動きがとれない苦さを知る世代は今昔を問わず数知れないのにも拘わらず、弟子は未だこの錯覚から抜け出せてはいません。イエスは弟子に人々に五十人ずつ組にして座らせるよう命じます。互いの顔が分かり対話が可能となるギリギリの人数です。そして五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで讃美の祈りを献げ、裂いて渡して群衆に配らせたとあります。携帯食のその食事は想像以上に貧しかったことでしょうが、それでも神に感謝します。その結果何が起きたか。現代のわたしたちの理解にふさわしく言えば、落ち着きの中で人々は、自らもっていた弁当代わりの粗末な食事を、互いに分かちあったのかもしれません。奪い合うのではなく分かちあい、満たされたというのです。弟子はこの奇跡に圧倒されたことでしょう。それはうろたえる弟子も満たしてあまりある出来事だったのです。
ウクライナ戦争やシリア・トルコの地震の現状を知るにつけ悲しむほかありませんが、報道から捨てられたような扱いを受けている地域があります。アフガニスタンです。米軍の撤収後再びタリバンが実権を握っているとの報道が流れます。それでも希望の報せを耳にします。2019年に銃撃を受け死亡した中村哲医師のその後、現地の人々はその志を引き継いでさらに農地を広げています。そして原理主義に立つ過激派のタリバンが、殺害された土地の近くに、写真入り顕彰碑を昨年建設したとのこと。「政治的な立場にかかわらず、人々の中に中村医師への特別な思いがあるのでしょう」と現地の医師は語ります。ひもじさの中で落ち着きを授かり、交わりを深めたその歴史はテロ組織の思いすらも変えていきます。貧困や不景気と深く関わるわたしたち。不安や衰えを知りつつ神に落ち着きを授けられ、誰かを支えているのではないかと、群衆の一人としてイエスの祈りに応えずにはおれません。