ー聖霊降臨節第11主日礼拝ー
――平和聖日礼拝――
時間:10時30分~
説教=「神の平和があるように」
稲山聖修牧師
聖書=『ルカによる福音書』9章 38~42 節
(新約聖書 127 頁).
讃美= こども 77「せかいのこどもは」, 531,
讃美ファイル 3「主の食卓を囲み」,
頌栄Ⅱ 171.
可能な方は讃美歌をご用意ください。ご用意できない方もお気持ちで讃美いたしましょう。
山上の変容、すなわち弟子のペトロとヨハネ、そしてヤコブを連れて山に登り、そこでモーセとエリヤ、つまり『旧約聖書』の『律法の書』と『預言者の書』を代表する人物と語らうという幻が描かれた後、人の子イエスは一夜を過ごした後、山を下りました。その余韻を破るかのように大勢の群衆が人の子イエスのもとに殺到してまいります。群衆の中から一人の男が大声で呼ばわります。「先生、どうかわたしの子を見てやってください。一人息子です。悪霊が取りつくと、この子は突然叫びだします。悪霊はこの子にけいれんを起こさせて泡を吹かせ、さんざん苦しめて、なかなか離れません。この霊を追い出してくださるようにお弟子たちに頼みましたが、できませんでした」。この答えを受けて人の子イエスは直ちにはこの息子の病を癒そうとはいたしません。父親の乞い願いと癒しとの出来事の間には、奥歯を噛みしめるようにして呟く人の子イエスの言葉があります。それは「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしは、あなたがたと共にいて、あなたがたに我慢しなければならないのか」。「共にいる」という言葉は、福音書全体では、まさしく救い主がいつも共にいてくださるとの喜ばしいメッセージであるはずですが、本日の箇所では「あなたがたと共にいる」のが「よこしまな時代」、明治訳では「信なき曲がれる代」とされてまいります。別の言い方をしますと、イエス・キリストが弟子たちとともにいる間、そして弟子が使徒として教会を育んでいく間は、父なる神の眼差しからすれば、全体としては決してよい時代ではないと語っているかのようです。
「信仰のないよこしまな時代」「信なき曲がれる代」。その究極のかたちが戦争、それに関連して繁栄する経済により成り立つ世だとも言えるでしょうが、イエスの時代の戦争とわたしたちの時代の戦争の決定的な違いは兵器の性能が桁違いに変わり、一瞬のうちに兵士・民間人を問わず、核兵器を使わずとも地上から消し去ってしまうという点にあります。本日は78回目の広島の原爆忌でありますが、他の教会また世界の教会が覚えてメッセージを発し祈っておられますので、今朝は敢えて触れません。むしろ時間軸を逆転させて扱いたいのが8月14日に京橋・大阪城公園・森ノ宮一帯を襲った米軍機による昼間爆撃です。今の大阪城公園一帯はその時代東洋一の軍需工場と呼ばれた陸軍砲兵工廠があり、その壊滅を目指しておよそ150機の爆撃機と随伴する護衛戦闘機が飛来しました。昼の時間帯ということもあり人混みでごった返していた京橋駅には4発の1トン爆弾が落とされ爆発、一瞬で500名以上の民間人を含めた人々が殺害されたとのことです。現在この爆撃跡は破壊されたガラス工場の煉瓦塀や機銃掃射痕が残っています。ですから地域の人々にとって8月15日は戦争が終わった日というよりも、空襲で亡くなった方々を火葬に付したり重篤な方々の看病に追われたりというまことに残酷な一日だったと聞きます。こひつじこども園の文庫にあった絵本にはこの空襲の体験者の次のような言葉が絵とともに記されていました。「動員先の大阪陸軍造兵廠への猛爆撃がすんだあと、私は京橋駅へやってきました。若い駅員が高架の石垣を洗い出していました。『何ですか、それは』とわたしは聴きました。爆弾の犠牲者の肉片がこびりついていました」。この淡々と状況を当時14歳だった女学生が書き記しています。描かれた駅員の姿も今とあまり変わらず、水彩絵の具の風合いも今とそれほど変化はありません。ただ数十分前まで家族があり、会話をし、泣き笑いをし、汗を拭っていた人が一瞬で一塊の肉片になってしまうというショックを受け容れかねて、「何ですか、それは」と淡々と文章を記すほかない少女の筆先が何ともやるせないのです。日常用いる鉄道に刻まれた戦災遺構に配慮が足らなかったという意味でも、何とも言えない申し訳なさを覚えました。あのとき、そして今も、先ほど歌った「こどもさんびか」の「せかいのこどもはおともだち」という歌詞が耳について離れません。そうであれかし、ではなく、そうでなくてはならないのです。
世にあっては今なお主イエスの忍耐の上に立つ時代なのかもしれません。けれどもその忍耐を経ながらもイエス・キリストは「あなたのこどもをここに連れてきなさい」と呼ばわります。そこで悪霊の抵抗は頂点に達しますが、イエスは汚れた霊を叱り、こどもをいやして父親にお返しになった」とあります。こどもは無事に父親のもとへと返されました。
本日の聖日礼拝を踏まえますと、この無事に父親のもとに返されたこどもは、ただただこのこどものみに限らなかったと思われます。神の愛により統べ治められるところには、キリストとともに大勢のこどもたちがいることでありましょう。病院で生涯を全うしたこどももいれば、がれきの下で事切れずにはおれなかったこどもたちや、栄養失調で誰にも知られることなく召されたこどもたちもいました。そのようなこどもたちと、世にあるこどもたち。イエス・キリストを通して、わたしたちはすべてのこどもたちと手を結びます。この場に招かれた方々もかつてはこどもでありました。大人としてどのような道を備えるのでしょうか。キリストを仰ぎつつ、「シャーローム」と呼ばれる道を示してまいりたいと祈ります。神の平和がありますように。